人はいつも自分も人。
投稿者: kunkuun00_2003 投稿日時: 2003/11/04 21:06 投稿番号: [27510 / 118550]
もし、人間に違いが有るとすれば、生まれた環境だけでしょう。その環境が全てを支配してしまう戦争なのです。
戦争に正しい理論なんて有りません。それは、痛さや哀しみ、愛しさや叫びが人間には存在しているからです。
全ては「たまたまそこの環境に育った」「生まれた」だけの話なのです。
怒りも有るでしょう。哀しみも有るでしょう。ただそれだけの話なのです。
「私」の中に他人が入り込むなら私は他人を許しません。ただ、たったそれだけの話なのです。
貴方はたまたま日本に生まれた話なだけの話なんです。
フセイン体制が悪いと言っている貴方は、今の自分の置かれている体制が素晴らしいとでも言うのでしょうか?
いくら哀しみを持っていても、勇気は有ります。勇気は日本人のような自殺なぞしません。
中東に正義と思う戦争を起こそうと思っているのでしょうか?
確かに、アメリカの様な有無を言わせず武器は中東には有りません。どんどん殺してください。それが正義の戦争であるなら構わないと思います。
考えてみてください。人も痛みが有り哀しみも有ります。兄弟が有り、恋人もいます。母親が居て父親も居ます。広島では祖父が少ないと言います。その中には哀しみがいっぱい含まれています。人は自分なのです。どんな人間であろうが愛が有り痛みが有り哀しみが有ります。
銃を人に向けたら自分だと思ってもいいのではないでしょうか?
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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