法治国家として
投稿者: nagyas0534 投稿日時: 2003/04/05 14:23 投稿番号: [20729 / 118550]
今の憲法が、過去の戦争への言い訳のような「贖罪憲法」であることは認識しています。そして、この憲法では国民の生命財産を完全に守れないことも承知しています。
だからこそ「変える」の論法はあっても「無視する」の論法はあってはならない。
「悪法も法なり」と言う言葉を持ち出すまでもないですが、もし日本がこのまま「法治国家」として歩んでゆくのなら、今、憲法を変えることもなしに「先制攻撃能力」を持ってはならない。
私は、過去の戦争の贖罪をこれからも続けてゆく気はありません。なぜなら、私の中では戦争という物に荷担した以上それはどうあれ「悪」であると思っているからです。(必要悪という位置づけでいます、無自覚な反戦思想ではないです)また、加害者の子は加害者という論法は乱暴かつ差別的で好みません。
しかし、それでも憲法は守らなくてはならない、足りないなら補い、使えないなら変えればいいのです。
時には決まりを無視するのも必要だと唱える国家が、どうやって次の世代にモラルを説くことができるでしょうか?
これは メッセージ 20721 (newssource101 さん)への返信です.
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