対イラク武力行使

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じっさいの昭和史

投稿者: cyberhvn 投稿日時: 2003/04/01 17:46 投稿番号: [18355 / 118550]
主戦に傾けていったのは当時の陸軍を中心とした参謀本部と松岡洋佑です。近衛も、結果的に加担していた。

昭和天皇はもちろん最初から戦争など望んでいなかった。中国での戦線拡大も全く部下がいうことをきかず、戦地へ赴く将軍に直接不拡大命令を出す始末であった。

対米交渉をどうするかの御前会議でも、部下の論議に口を挟まない天皇が敢えて「平和でやれ」と怒ったのも当然であった。

しかし、結局部下達の決定は覆せなかった。このあたりは「立憲君主制」を頑なに守ろうとした律儀な天皇の性格による。

東条を首相にしたのは、そこまでの対米交渉について実情を知ったものでないといけないからで、当時は近衛が辞職した直後。軍を押さえることが出来る者でないといけないということから東条になった。東条は天皇の意を受けギリギリまで戦争を避ける道を探ったが、いわゆるハルノートで潰えた。開戦後陸相を兼ねて実権を握ったのは一重に「負ける」訳にはいかなかったからだ。

天皇自身もワシントンの日本大使館の画策によるルーズベルト親電工作を知っていて、ギリギリまで待っていたみたいだが、この親電も結局陸軍省に押さえられ、真珠湾の2時間前という取り返しのつかない時間まで引き延ばされ、天皇の元に届いた。

終戦の判断をしたのは天皇だが、それには鈴木貫太郎によるところもある。御前会議で意見が拮抗するところを天皇にフッたのは鈴木。

「昭和天皇独白録」(文春文庫)をご覧ください。
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