ほんと! さっすが産経記事!
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2009/11/13 00:25 投稿番号: [118448 / 118550]
★「普天間」の現場
辺野古ルポ
米軍と育ち、恩恵を受けた/産経新聞
・・「ベトナム戦争(1965〜75年)のころは、スナックやクラブなどの飲食店が60軒近く並ぶ米兵相手の繁華街で、ホステスも1千人は超していた。当時の辺野古の人口は1500人ぐらいだったから、合わせると3千人近い人が住んでいたことになる」
◆「1晩で3千ドル」
金城さんは、当時を思いだすように話し始めた。
「街全体が活気に満ちていた。どの店にもホステスが7、8人はいて、1日の稼ぎも3千ドルはあった。当時、私の家は25坪の瓦ぶきの一軒家だったが、2千ドルで建てられた。それが1晩で3千ドルのあがり。25セントあれば、子供とバスで名護(市中心部)まで行き、そばを食べて帰れた時代に、ですよ」
ベトナム戦争が終わると同時に、米兵の数も減って、街は急激に寂れていった。
「辺野古はこれといった産業がない。米軍基地相手の商売しかない。基地と一緒に育ったわれわれは、トラブルもあったが、同時に大変な恩恵を受けながら生きてきた」
・・・
◆基地依存経済
沖縄県では、基地内で働く日本人従業員の給与や土地を提供する地主の軍用地料、基地に所属する軍人や軍属とその家族らの消費活動などが大きな収入源で、その額は2115億円(平成18年)にも上っている。なかでも不労所得の軍用地料は700億円を超す。
名護市も例外ではない。キャンプ・シュワブで年間約25億円、辺野古弾薬庫で約1億8千万円が、自治体や地主に支払われている。インタビューに応じた比嘉さんは年間83万円、タクシー運転手の伊波義男さん(58)=仮名=は70万円を得ている。住民の中には、軍用地を貸すだけで年間1千万円前後の収入を得る人もいるという。
今回予定されている滑走路は海上のため、この軍用地料は発生しないが、辺野古への移転について、住民はどう考えているのか。
金城さんも比嘉さんも、「滑走路ができると米兵が増えるから、飲食店なども増え、ベトナム戦争のころより活気を帯びるのは確実だ。われわれは、米軍基地とともに育ち、生活してきたから、普天間飛行場が移ってきても全く違和感はない」と歓迎する。
もちろん、不安がないわけではない。伊波さんは、「騒音対策は着工時に決めてほしい。後々、騒音問題が起きるとやっかいだから」と話す。
【金城さんも、自身は賛成だが、住民投票をすれば賛成派と反対派は半々だとして、こう注文をつける。】
「辺野古に移設するのは決まったことだから、それでいい。ただ、一つお願いしたいのは、米軍基地での仕事。
移設後は、辺野古の若者が優先して働けるように、政府に斡旋(あっせん)してほしい。はっきり賛成と言わない住民も、本音は活気が戻ればと考えている。政府が移設後の対応策を確約さえすれば100%近い住民は賛成する」
独自の産業がない辺野古住民は、移設を生活するための手段ととらえ、早期決着を望んでいるのだ。・・
http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/e1a1b8ace3d5cb463d9a68540aaedc7a
ベトナムでの米兵による殺戮には想像が及ばない、当時のあぶく銭の再現を
願っているような金城なる人物をルポするとはね、
そしてこの金城さん、
産経新聞が【沖縄の集団自決】をどのように報道しているか、知らないんだろうか。
沖縄県人を蔑んでいると思える記事だね。
住民投票すれば、賛否互角だというのに、
反対派は県外人だという決め付けは
辺野古は【県外人が半数だ】というのか?笑
しかし情けないね、産業が何もないから基地で働きたいとは。
基地って殺人産業じゃないか。
ベトナム戦争当時、沖縄には【ベトナムでばらばらになった米兵の遺体を】
故郷に送り返す為に、何とか繋ぎ合わせる(他人の手足でも仕方ない)
仕事があったそうだ。
米兵・沖縄県人にとっても悲惨な話だ。
それに【軍用地主への地代は思いやり予算】から出ているが、
こんな不労所得は、人間をダメにするんじゃないかね。
民主党は、思いやり予算も大幅削減していくべきだ。
・・「ベトナム戦争(1965〜75年)のころは、スナックやクラブなどの飲食店が60軒近く並ぶ米兵相手の繁華街で、ホステスも1千人は超していた。当時の辺野古の人口は1500人ぐらいだったから、合わせると3千人近い人が住んでいたことになる」
◆「1晩で3千ドル」
金城さんは、当時を思いだすように話し始めた。
「街全体が活気に満ちていた。どの店にもホステスが7、8人はいて、1日の稼ぎも3千ドルはあった。当時、私の家は25坪の瓦ぶきの一軒家だったが、2千ドルで建てられた。それが1晩で3千ドルのあがり。25セントあれば、子供とバスで名護(市中心部)まで行き、そばを食べて帰れた時代に、ですよ」
ベトナム戦争が終わると同時に、米兵の数も減って、街は急激に寂れていった。
「辺野古はこれといった産業がない。米軍基地相手の商売しかない。基地と一緒に育ったわれわれは、トラブルもあったが、同時に大変な恩恵を受けながら生きてきた」
・・・
◆基地依存経済
沖縄県では、基地内で働く日本人従業員の給与や土地を提供する地主の軍用地料、基地に所属する軍人や軍属とその家族らの消費活動などが大きな収入源で、その額は2115億円(平成18年)にも上っている。なかでも不労所得の軍用地料は700億円を超す。
名護市も例外ではない。キャンプ・シュワブで年間約25億円、辺野古弾薬庫で約1億8千万円が、自治体や地主に支払われている。インタビューに応じた比嘉さんは年間83万円、タクシー運転手の伊波義男さん(58)=仮名=は70万円を得ている。住民の中には、軍用地を貸すだけで年間1千万円前後の収入を得る人もいるという。
今回予定されている滑走路は海上のため、この軍用地料は発生しないが、辺野古への移転について、住民はどう考えているのか。
金城さんも比嘉さんも、「滑走路ができると米兵が増えるから、飲食店なども増え、ベトナム戦争のころより活気を帯びるのは確実だ。われわれは、米軍基地とともに育ち、生活してきたから、普天間飛行場が移ってきても全く違和感はない」と歓迎する。
もちろん、不安がないわけではない。伊波さんは、「騒音対策は着工時に決めてほしい。後々、騒音問題が起きるとやっかいだから」と話す。
【金城さんも、自身は賛成だが、住民投票をすれば賛成派と反対派は半々だとして、こう注文をつける。】
「辺野古に移設するのは決まったことだから、それでいい。ただ、一つお願いしたいのは、米軍基地での仕事。
移設後は、辺野古の若者が優先して働けるように、政府に斡旋(あっせん)してほしい。はっきり賛成と言わない住民も、本音は活気が戻ればと考えている。政府が移設後の対応策を確約さえすれば100%近い住民は賛成する」
独自の産業がない辺野古住民は、移設を生活するための手段ととらえ、早期決着を望んでいるのだ。・・
http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/e1a1b8ace3d5cb463d9a68540aaedc7a
ベトナムでの米兵による殺戮には想像が及ばない、当時のあぶく銭の再現を
願っているような金城なる人物をルポするとはね、
そしてこの金城さん、
産経新聞が【沖縄の集団自決】をどのように報道しているか、知らないんだろうか。
沖縄県人を蔑んでいると思える記事だね。
住民投票すれば、賛否互角だというのに、
反対派は県外人だという決め付けは
辺野古は【県外人が半数だ】というのか?笑
しかし情けないね、産業が何もないから基地で働きたいとは。
基地って殺人産業じゃないか。
ベトナム戦争当時、沖縄には【ベトナムでばらばらになった米兵の遺体を】
故郷に送り返す為に、何とか繋ぎ合わせる(他人の手足でも仕方ない)
仕事があったそうだ。
米兵・沖縄県人にとっても悲惨な話だ。
それに【軍用地主への地代は思いやり予算】から出ているが、
こんな不労所得は、人間をダメにするんじゃないかね。
民主党は、思いやり予算も大幅削減していくべきだ。
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