対イラク武力行使

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説得力

投稿者: battamother 投稿日時: 2009/01/26 21:36 投稿番号: [116486 / 118550]
2週間程前、立ち寄った書店の新刊の棚に、岡真理女史の『アラブ、祈りとしての文学』という本が並んでいた。手に取って、内容を拾い読みした。
買おうか買うまいか暫し躊躇して、やはり買うのを止めた。

本には、こう書いていた。

『もしもパレスチナの難民キャンプで
傷付いた子どもの傍らにいたら、
私たちはその手をとるだろう。
ベツレヘムの街で
自爆に赴く青年が目の前にいたら、
彼の行く手を遮るだろう。
だが私たちはそこにいない。
小説を書き、読むという営みは
理不尽な現実を直接変えることはない。
小説は無能なのか。
悲惨な世界を前に文学は何ができるのか。
古くて新しい問いが浮上する。
(中略)

小説を読むことは、
他者の生を自らの経験として生きることだ。
見知らぬ土地、会ったこともない人々が、
いつしか親しい存在へと変わる。
小説を読むことで世界と私の関係性が変わるのだ。
それは、世界のありようを変える
ささやかな、しかし大切な一歩となる。
世界に記憶されることのない小さき人々の尊厳を想い、
文学は祈りになる。』

彼女には彼女なりの思いがあっての小説化であるのは理解する。
しかし、私は現実と真実が知りたいのだ。
小説に一時的に感情移入したところで、所詮それはフィクションだという感慨しか残らない。仮に真実を多く盛り込んでいたとしても、どっからどこまでが真実で、どっからどこまでがフィクションなのかは分からない。
「事実は小説より奇なり」と言う言葉がある。
何十年もの長きに渡って、血で血を洗う惨劇を繰り返した現実を、文学として昇華させるという試みに私は違和感を感じた。
彼女はジャーナリストではなくて、所詮は学者なのだと合点した。

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