対イラク武力行使

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歴史の原点に戻って−パレスチナ問題

投稿者: battamother 投稿日時: 2009/01/04 11:22 投稿番号: [115798 / 118550]
1930年代、ナチス・ドイツによる迫害がユダヤ人のパレスチナ移住を促進することとなった。多くはイギリスかアメリカへの移住を希望していたが、当時は両国とも移民の流入に制限を加えていたため、やむなくパレスチナに向かった。
パレスチナは第一次世界大戦後の1935年11月1日、イギリスの委任統治下に置かれた。
しかし、反英テロとパレスチナ・ユダヤ人の衝突は激化するばかり。
第一次世界大戦中のイギリスの三枚舌外交がこれに拍車をかけた。イギリスはアラブ人には「アラブ領土」での独立国家建設を認めると、ユダヤ人には「パレスチナの中にユダヤ人の民族郷土を建設することに好意を寄せる」と約束しておきながら、一方ではフランス・ロシアとの間で中東山分けの秘密協定を結んでいた。
第二次世界大戦後、反英テロとパレスチナ・ユダヤ人の衝突の激化を収拾不可能と判断したイギリスは、発足したばかりの国連に全てを託した。そしてアメリカのトルーマン大統領の強力な多数派工作のもと採択されたのが、パレスチナをアラブ国家、ユダヤ人国家、エルサレムやベツレヘムを中心とする国連永久信託統治地区の三つに分割するとの決議だった。決議では、それまで土地所有率わずか7%に過ぎなかったユダヤ人に、全土の75%が割り当てられることになっていた。これに対しパレスチナ人も周辺アラブ諸国も不服であった。
1947年11月、国連でパレスチナ分割決議案が採択された時点には、ユダヤ人が総人口の3分の1を占めるまでの異常な程の増加を見せた。この急増の原因の一つとして、ロシアでポグロムと呼ばれるユダヤ人集団殺戮事件が頻発し、それを契機にシオニズム運動(パレスチナにユダヤ人の民族郷土を築くことを目的とした運動)が活発化したことが挙げられる。
1948年5月、イスラエルが建国を宣伝すると同時に第一次中東戦争が勃発することとなった。(島崎晋著『目からウロコの中東史』参照)

シオニズム運動
http://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/kak2/1210281.htm
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