歴史に目を瞑っては行けない
投稿者: messi19 投稿日時: 2008/12/03 21:43 投稿番号: [115309 / 118550]
戦史を研究し、それを後世に…特に、現役の自衛官の教育に使う事…これも防衛省の仕事です。特に、防衛研究所のはその担い手です。その研究内容はネットで容易に閲覧できます。
以下は、その一例です。異論はあるでしょうが、田母神発言と比べてみると面白いと思います。
【戦後日本における歴史認識―太平洋戦争を中心として―】
<防衛研究所紀要2002年2月第4巻3号>
※結びの部分のみ引用します…
近年の動向の背景として、冷戦下封印されていた日本の戦争責任をめぐる問題が漸く表面化したとの議論もあるが、むしろ「歴史」を舞台に日本そして東アジアでは今も「冷戦」が続いていると見るべきであろう。冷戦時代は、政治、経済政策や防衛問題を軸にイデオロギー対立がなされたが、社会主義崩壊以降歴史を軸に展開されているのである。
一方、「自虐史観」をめぐる議論も、林健太郎が指摘するように、「事実相違のことは否定しなければならないが、自己の誤りを認めることを『自虐』などと言って拒否するのは『自卑』、すなわち自己を卑しめかえって自己を傷つけるもの」 であろう。
しかし、それが行き過ぎた場合は別であるとの見解もある。例えば渡辺利夫は、「自民族の歴史を悪しざまに論評してしたり顔の評論家や学者があとを絶たない。他方、栄光の歴史は引き受けるが、汚辱の過去はこれを抹消したいという幼稚な心理。他者の目に自分の行動がどう映じているかを極度に気にし、他者の視線に強迫的におびえる」といった特色を指摘し、それは神経症」であると冷ややかに見ていた 。
本論で考察してきたように、戦後日本の歴史認識をめぐる複雑な状況においては、特に近隣諸国との関係に対して、相対的には「加害」の立場にある日本人として最も安易な処し方は、事実を無視する・触れない、開き直って自己を正当化するほか、逆に過度に自虐的になることであるとも指摘されている。すなわち、「どうしても背負っていかねばならないジレンマに耐えられないとき、正義感に安易にとびつくのが、一番気楽な選択であると同時に『精神の惰性』である」というのである 。
いずれにしても、冷静かつ謙虚に歴史認識の問題と向き合うことが必要であるが、それが極めて禁欲的な作業であることは言うまでもない。
全文は以下に
http://www.nids.go.jp/dissemination/kiyo/pdf/bulletin_j4-3_4.pdf
また、こんな論文もります。
【旧軍における捕虜の取扱い――太平洋戦争の状況を中心に――】
http://www.nids.go.jp/dissemination/kiyo/pdf/bulletin_j10_1_3.pdf
【大東亜戦争期の日本陸軍における犯罪及び非行に関する一考察】
http://www.nids.go.jp/dissemination/senshi/pdf/200703/5.pdf
田母神氏は、絶対に隠さなければ行けないと主張するでしょう。
最後に、戦史研究は重要なテーマですが、それらの論文に偏りはないか、十分にチェックする必要が有るとは言うまでも有りません。
今回は、稚拙極まりない田母神「論文」(作文)が防衛省内の論文と比較しても如何に酷いモノかを明らかにするために掲載してみました。
防衛省防衛研究所は・・・
http://www.nids.go.jp/
です。
以下は、その一例です。異論はあるでしょうが、田母神発言と比べてみると面白いと思います。
【戦後日本における歴史認識―太平洋戦争を中心として―】
<防衛研究所紀要2002年2月第4巻3号>
※結びの部分のみ引用します…
近年の動向の背景として、冷戦下封印されていた日本の戦争責任をめぐる問題が漸く表面化したとの議論もあるが、むしろ「歴史」を舞台に日本そして東アジアでは今も「冷戦」が続いていると見るべきであろう。冷戦時代は、政治、経済政策や防衛問題を軸にイデオロギー対立がなされたが、社会主義崩壊以降歴史を軸に展開されているのである。
一方、「自虐史観」をめぐる議論も、林健太郎が指摘するように、「事実相違のことは否定しなければならないが、自己の誤りを認めることを『自虐』などと言って拒否するのは『自卑』、すなわち自己を卑しめかえって自己を傷つけるもの」 であろう。
しかし、それが行き過ぎた場合は別であるとの見解もある。例えば渡辺利夫は、「自民族の歴史を悪しざまに論評してしたり顔の評論家や学者があとを絶たない。他方、栄光の歴史は引き受けるが、汚辱の過去はこれを抹消したいという幼稚な心理。他者の目に自分の行動がどう映じているかを極度に気にし、他者の視線に強迫的におびえる」といった特色を指摘し、それは神経症」であると冷ややかに見ていた 。
本論で考察してきたように、戦後日本の歴史認識をめぐる複雑な状況においては、特に近隣諸国との関係に対して、相対的には「加害」の立場にある日本人として最も安易な処し方は、事実を無視する・触れない、開き直って自己を正当化するほか、逆に過度に自虐的になることであるとも指摘されている。すなわち、「どうしても背負っていかねばならないジレンマに耐えられないとき、正義感に安易にとびつくのが、一番気楽な選択であると同時に『精神の惰性』である」というのである 。
いずれにしても、冷静かつ謙虚に歴史認識の問題と向き合うことが必要であるが、それが極めて禁欲的な作業であることは言うまでもない。
全文は以下に
http://www.nids.go.jp/dissemination/kiyo/pdf/bulletin_j4-3_4.pdf
また、こんな論文もります。
【旧軍における捕虜の取扱い――太平洋戦争の状況を中心に――】
http://www.nids.go.jp/dissemination/kiyo/pdf/bulletin_j10_1_3.pdf
【大東亜戦争期の日本陸軍における犯罪及び非行に関する一考察】
http://www.nids.go.jp/dissemination/senshi/pdf/200703/5.pdf
田母神氏は、絶対に隠さなければ行けないと主張するでしょう。
最後に、戦史研究は重要なテーマですが、それらの論文に偏りはないか、十分にチェックする必要が有るとは言うまでも有りません。
今回は、稚拙極まりない田母神「論文」(作文)が防衛省内の論文と比較しても如何に酷いモノかを明らかにするために掲載してみました。
防衛省防衛研究所は・・・
http://www.nids.go.jp/
です。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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