対イラク武力行使

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想像と現実体験のギャップ

投稿者: battamother 投稿日時: 2008/12/01 21:28 投稿番号: [115237 / 118550]
と題して、勝谷誠彦氏のイラクでの体験記から少しご紹介。

2004年3月2日の午後、勝谷氏はファルージャ近くの高速道路上で、三人の武装集団に襲われた。首筋に銃口を突きつけられた時、彼の脳裏に思い浮かんだのは
―なるほど、「本当に危ないと思っていた場所」というのは「本当に危ないんだ」。
実に単純な思いだが、予想外の窮地に陥った時の人間心理が如実に伝わってくる。
幸いにも手持ちの一部の金品を奪われただけで、命まで持って行かれることはなかった。
その後も懲りることなく勝谷氏一行は、フセインが潜伏していたといわれる「フセインの穴」を目指して、イラクの中でも極めて危険だといわれている「スンニ・トライアングル」に向かった。
ただ、ファルージャの時と違うのは、今回はAKカラシニコフを所持したアクショングループの警護が付いている。

以下、勝谷誠彦著「イラク生残記」より

道はここでティグリス河を渡った。河幅はずいぶんと広く、あたりはすこし湿地のようにもなっている。風景に見とれていると、ラードが車を止めた。停車すなわちトラブルか危険ということが刷り込まれているのでドキリとする。
しかし、今日は状況が違うのであった。私達にはアクショングループがついているのである。160キロあるバグダッドからティクリートへの半ばを来たので、トイレ休憩でもしようかということのようなのだ。
私は、車を降りると、河岸に立った。そして、ズボンのチャックをおろすと、悠久のキィクート河に向かって放尿を始めたのであった。
アクショングループの男が二人、AKを手にしてあたりを睥睨している。背後を行き交う車に注意深く目を配っているのである。
私はここでも初めての感覚に唸っていたのであった。たった二丁のAKカラシニコフがかくも大きな安心を与えてくれるのだということに、目から鱗が落ちる思いだったのである。
いくら大きな声で平和を叫ぼうとも、日本国内にいてはこれらはわからない感覚であろう。この感覚を得て、私は実はファルージャ郊外で襲われた時の私達こそが、イラクにおいてはむしろ異常だったのだとすら思ったのである。
あの時、私達はまさに「非武装中立」だったのだった。<平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意>していたにもかかわらず、それは銃を持った公正も信義も糞食らえと思っている三人のアリババの前では、脆くも崩れ去ったのである。
あそこで豚のように殺されなくて本当によかった。今、AKという「武力」を得てはじめて私は心からそう思った。と同時に、この感覚を皮膚で知ることのない政治家達に、どういう武器を持たせるのか、どんな時に発砲していいのかなどを、仮想現実に酔った国会の場で論議されている自衛隊員を、本当に心から気の毒だと思ったのであった。

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再び私は問う。
日本のこれまでの平和の維持は、かの平和憲法のお陰であったのかと。
湾岸戦争時などに、自衛隊の海外派遣をさせないことの言い訳ぐらいにはなっただろうが、果たして。。。
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