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投稿者: battamother 投稿日時: 2008/11/09 04:44 投稿番号: [114651 / 118550]
ちょっと好奇心から「脳外科
権威
愛知県」のキーワードで検索したら、以下がヒットした。
Yahoo規約によりリンクが貼れないので、一部「―」を入れるなどの手を加えたが、内容はそのままコピペした。(文字数の制限上、最後の部分は割愛した)
但し、これはあくまでも上記のキーワードでの検索にヒットしただけであって、訪朝した医師団と特定するものではない。
↓朝日新聞“ひと”、2007年12月7日に掲載されたもの
差出人: FuKyoAnJin [whosobak@taupe.plala.or.jp]
送信日時: 2007年12月7日金曜日 19:09
宛先: i小林勝利さん; i関田正光さん
件名: 途上国の脳外科医育成で米国脳外科学会から表彰された神野哲夫さん
途上国の脳外科医育成で米国脳外科学会から表彰された神野哲夫(かんのてつお)さん(67)
旅費、滞在費は主催者持ち、という異例の国際学会の仕掛け人だ。名古屋で先月、開かれた脳神経外科の国際学会。会長として招いたのはアジア、アフリカ、南米など発展途上国の若い脳外科医約250人。「偉い先生方が自己宣伝し合うより、ずっと健全でしょ?」
世界で最も権威がある米国脳外科学会の「創設者賞」を10月、日本人で初めて受けた。30年に及ぶ発展途上国への医療技術支援が評価されたからだ。
慶応大卒。「老舗の大学の医局は合わない」と72年、愛知県豊明市の新設医大、藤田保健衛生大へ。ゼロから全国有数の脳外科を作り上げた。脳死臓器移植や植物状態患者の治療でも知られる。
赴任4年目にインドの若い医師を研修で受け入れたのを機に、インドの病院を訪れたのが支援活動のきっかけだ。一つのベッドに2人、その床にも2人。中庭には入院できない患者があふれていた。
「医師を育ててあげたい」。以来、研修で大学に受け入れた医師や看護師は30カ国190人にのぼる。自らも技術指導として今年だけで28カ国を訪れた。
「イラン、アフガン、北朝鮮。政情は悪くても若い医師の目は輝いていた」
幼い頃に父親が戦死。母一人子一人で育った。経済的に恵まれない若い医師を支援する根底には、そんな生い立ちも。
一人の名医より、多くの若い医師を育てる。その信念は変らない。(文 田辺功 写真 竹谷俊之)
そして、もう一件
――いざという時頼りになる名医スペシャル――
もし癌になったら信頼できる医師はいますか? 野球の巨人監督王さんが胃がん全摘出(腹腔鏡下手術)
王監督の実際の執刀医は、愛知県豊明市 藤田保健衛生大学病院教授 消化器外科 宇田一朗医師でした。
最新の胃がん治療で、切る部分少なく術後の回復力が速い、体に小さな穴を数箇所開けての手術、世界初胃全的手術に成功した医師です。
穴からはカメラ、器具を挿入。傷が小さいということは痛みが少ないということになり、手術後動きやすかったり早く歩けたりで、その結果回復が早く入院期間も短縮できる。患者の負担を軽くしたいという考え方である。
この日のTVでは、三分の二切除した患者さんの手術が放映されていましたが6箇所の穴と上腹部の4cmの小切開(胃袋を取り出す際に必要なところ)が説明され図が画面に表示されていました。体内に残った胃を戻し小腸と縫合することが最も難しい作業だそうです。5時間の手術でしたが、翌日にはベットに腰掛けて読書をしていました。さらに4回も点滴をしながらではありましたが歩くこともしていました。
先生曰く、この手術が行われているのは数%で、90%以上は開腹手術なんだそうです。術例数が少ないので、外科医がちゃんと育つことが必要なんだということでした。
――脳の名医 佐野公俊医師=ギネスブックに記された医師、伝説の医師、世界が認めた脳外科医――
当番組の主治医である脳神経外科医の権威である医師上山医師は、若い頃佐野先生に相談していた師匠(年が近いので兄弟子)のような人であり、日本の脳外科の第一人者でしたと話す。
この先生は、愛知県豊明市 藤田保健衛生大学病院の教授として勤務していた。
脳血管手術に昭和42年自費で顕微鏡を購入し顕微鏡下手術の第一人者となる。無血手術。
ミクロの世界で血管を傷つけることなく手術できるの医師は、極めて少ない。
佐野医師曰く「外科医は、自分の命を削ってでも病める人にしてあげようというくらいの気持ちでやらないと特に外科系の手術は出来ない」
佐野医師が得意とする手術
特殊な器具を使ったクリッピング手術(1〜2cmのクリップで動脈瘤の根元を挟み血流を遮断させるというものだ。このさまざまな大きさのクリップを圧倒的な経験から自ら開発した。今や世界的に使用されていることが100を越える種類の佐野クリップ。クリッピング手術の世界的権威者。
Yahoo規約によりリンクが貼れないので、一部「―」を入れるなどの手を加えたが、内容はそのままコピペした。(文字数の制限上、最後の部分は割愛した)
但し、これはあくまでも上記のキーワードでの検索にヒットしただけであって、訪朝した医師団と特定するものではない。
↓朝日新聞“ひと”、2007年12月7日に掲載されたもの
差出人: FuKyoAnJin [whosobak@taupe.plala.or.jp]
送信日時: 2007年12月7日金曜日 19:09
宛先: i小林勝利さん; i関田正光さん
件名: 途上国の脳外科医育成で米国脳外科学会から表彰された神野哲夫さん
途上国の脳外科医育成で米国脳外科学会から表彰された神野哲夫(かんのてつお)さん(67)
旅費、滞在費は主催者持ち、という異例の国際学会の仕掛け人だ。名古屋で先月、開かれた脳神経外科の国際学会。会長として招いたのはアジア、アフリカ、南米など発展途上国の若い脳外科医約250人。「偉い先生方が自己宣伝し合うより、ずっと健全でしょ?」
世界で最も権威がある米国脳外科学会の「創設者賞」を10月、日本人で初めて受けた。30年に及ぶ発展途上国への医療技術支援が評価されたからだ。
慶応大卒。「老舗の大学の医局は合わない」と72年、愛知県豊明市の新設医大、藤田保健衛生大へ。ゼロから全国有数の脳外科を作り上げた。脳死臓器移植や植物状態患者の治療でも知られる。
赴任4年目にインドの若い医師を研修で受け入れたのを機に、インドの病院を訪れたのが支援活動のきっかけだ。一つのベッドに2人、その床にも2人。中庭には入院できない患者があふれていた。
「医師を育ててあげたい」。以来、研修で大学に受け入れた医師や看護師は30カ国190人にのぼる。自らも技術指導として今年だけで28カ国を訪れた。
「イラン、アフガン、北朝鮮。政情は悪くても若い医師の目は輝いていた」
幼い頃に父親が戦死。母一人子一人で育った。経済的に恵まれない若い医師を支援する根底には、そんな生い立ちも。
一人の名医より、多くの若い医師を育てる。その信念は変らない。(文 田辺功 写真 竹谷俊之)
そして、もう一件
――いざという時頼りになる名医スペシャル――
もし癌になったら信頼できる医師はいますか? 野球の巨人監督王さんが胃がん全摘出(腹腔鏡下手術)
王監督の実際の執刀医は、愛知県豊明市 藤田保健衛生大学病院教授 消化器外科 宇田一朗医師でした。
最新の胃がん治療で、切る部分少なく術後の回復力が速い、体に小さな穴を数箇所開けての手術、世界初胃全的手術に成功した医師です。
穴からはカメラ、器具を挿入。傷が小さいということは痛みが少ないということになり、手術後動きやすかったり早く歩けたりで、その結果回復が早く入院期間も短縮できる。患者の負担を軽くしたいという考え方である。
この日のTVでは、三分の二切除した患者さんの手術が放映されていましたが6箇所の穴と上腹部の4cmの小切開(胃袋を取り出す際に必要なところ)が説明され図が画面に表示されていました。体内に残った胃を戻し小腸と縫合することが最も難しい作業だそうです。5時間の手術でしたが、翌日にはベットに腰掛けて読書をしていました。さらに4回も点滴をしながらではありましたが歩くこともしていました。
先生曰く、この手術が行われているのは数%で、90%以上は開腹手術なんだそうです。術例数が少ないので、外科医がちゃんと育つことが必要なんだということでした。
――脳の名医 佐野公俊医師=ギネスブックに記された医師、伝説の医師、世界が認めた脳外科医――
当番組の主治医である脳神経外科医の権威である医師上山医師は、若い頃佐野先生に相談していた師匠(年が近いので兄弟子)のような人であり、日本の脳外科の第一人者でしたと話す。
この先生は、愛知県豊明市 藤田保健衛生大学病院の教授として勤務していた。
脳血管手術に昭和42年自費で顕微鏡を購入し顕微鏡下手術の第一人者となる。無血手術。
ミクロの世界で血管を傷つけることなく手術できるの医師は、極めて少ない。
佐野医師曰く「外科医は、自分の命を削ってでも病める人にしてあげようというくらいの気持ちでやらないと特に外科系の手術は出来ない」
佐野医師が得意とする手術
特殊な器具を使ったクリッピング手術(1〜2cmのクリップで動脈瘤の根元を挟み血流を遮断させるというものだ。このさまざまな大きさのクリップを圧倒的な経験から自ら開発した。今や世界的に使用されていることが100を越える種類の佐野クリップ。クリッピング手術の世界的権威者。
これは メッセージ 114650 (battamother さん)への返信です.
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