もとい
投稿者: battamother 投稿日時: 2008/11/09 03:31 投稿番号: [114648 / 118550]
ヤフー掲示板のオプションを触ったが、あまりにも久しぶり過ぎて要領を得ずアバターとニックネームが変更になってなかったわ。
改めて昔の名前で出ています♪
折角なので、以下オバマ氏の「合衆国再生」の一部をご紹介。結構分厚いが、中々おもしろい本である。思わずこの通り夜更かししちゃったじぇ。
★イラク侵攻への反対表明
「最悪なのは、ブッシュ政権が冷戦終結以来見られなかったたぐいの政策を復活させたことかもしれない。サダム・フセインの追放が ブッシュの予防戦争という理念の試金石になったとき、侵攻に対する政権の理論的根拠に疑問を投げかけた人々は“テロに甘い”とか“アメリカ人にあらず”という糾弾を受けた。政権はこの軍事行動についての賛否両論をありのままに報告せず、PR攻撃に打って出た。状況を裏打ちする情報報告に陰影をつけ、軍事行動にかかる費用と人的資源はどちらもはなはだ控えめに報告して、戦争すべしの世論を強めていく。PR戦略は功を奏した。2002年の秋までに大多数のアメリカ人はサダム・フセインが大量破壊兵器を保有していると確信し、少なくともイラクの指導者が9.11の攻撃に関与していたと(誤って)信じていた。(中略)私は戦争反対があたりまえだとは考えていなかった。ほとんどの分析家と同じように、私もサダムは国連決議と兵器査察を繰り返し嘲笑してきたし、そういうふるまいには報いがあってしかるべきだと思っていた。サダムが自国民を殺戮したことに疑問の余地はない。あの男がいないほうが世界とイラク国民は幸せだと、信じて疑わなかった。
しかし、私はこうも感じていた。サダムのもたらす脅威は差し迫ったものではないし、戦争に踏み切ろうとする政権の理論的根拠もとうてい盤石とは言い難い。またわたしは、たゆみない外交努力や強制的な査察や巧みな制裁ではなく軽率な単独軍事行動の道を選んだら、アメリカはその政策についての幅広い支持基盤を確立する機会を失うに違いないと思っていた。
だから私は演説した。シカゴのフェデラルプラザに集まった2000人に向かって。みなさんのなかにはそうでない人もいるかもしれないが、私はすべての戦争に反対しているわけではない、と説明した。私の祖父は真珠湾が爆撃を加えたた翌日、署名をして戦争に加わり、パトンの軍で戦ったのだと。
また、もうも言った。『大虐殺と破壊、塵と涙を目撃したあと、私は、狭量ゆえに罪のない人々を殺戮するような輩は追い詰めて根こそぎ退治するという現政権の誓いを支持したし、わたしだってあのような悲劇を二度と起こさないためなら喜んで武器を取るだろう』
支持できないのは、“愚かな戦争、軽はずみな戦争、理性ではなく情熱に、理念ではなく政治に根ざした戦争”だった。私は次のように述べた。
『イラクとの戦争が首尾良く運んだとしても、そのあとアメリカ合衆国には占領の必要があります。いつまでかかり、どれだけの費用を要し、どんな結果になるかもわからない占領の必要が。明白な論理的根拠もなく国際的な強い支持をとりつけずにイラクに侵攻すれば、中東の火をあおり、アラブ世界の衝動を−最良の衝動ではなく、最悪の衝動を−あおり、アルカイダが新兵を獲得する力を強めるだけなのです』 この演説は好意的に受け止められた。…」
バラク・フセイン・オバマ―――オバマがオサマ(ビンラディン)と韻を踏む上に、ミドルネームがフセインという、何とも出来過ぎたアイロニカルな名前である。
改めて昔の名前で出ています♪
折角なので、以下オバマ氏の「合衆国再生」の一部をご紹介。結構分厚いが、中々おもしろい本である。思わずこの通り夜更かししちゃったじぇ。
★イラク侵攻への反対表明
「最悪なのは、ブッシュ政権が冷戦終結以来見られなかったたぐいの政策を復活させたことかもしれない。サダム・フセインの追放が ブッシュの予防戦争という理念の試金石になったとき、侵攻に対する政権の理論的根拠に疑問を投げかけた人々は“テロに甘い”とか“アメリカ人にあらず”という糾弾を受けた。政権はこの軍事行動についての賛否両論をありのままに報告せず、PR攻撃に打って出た。状況を裏打ちする情報報告に陰影をつけ、軍事行動にかかる費用と人的資源はどちらもはなはだ控えめに報告して、戦争すべしの世論を強めていく。PR戦略は功を奏した。2002年の秋までに大多数のアメリカ人はサダム・フセインが大量破壊兵器を保有していると確信し、少なくともイラクの指導者が9.11の攻撃に関与していたと(誤って)信じていた。(中略)私は戦争反対があたりまえだとは考えていなかった。ほとんどの分析家と同じように、私もサダムは国連決議と兵器査察を繰り返し嘲笑してきたし、そういうふるまいには報いがあってしかるべきだと思っていた。サダムが自国民を殺戮したことに疑問の余地はない。あの男がいないほうが世界とイラク国民は幸せだと、信じて疑わなかった。
しかし、私はこうも感じていた。サダムのもたらす脅威は差し迫ったものではないし、戦争に踏み切ろうとする政権の理論的根拠もとうてい盤石とは言い難い。またわたしは、たゆみない外交努力や強制的な査察や巧みな制裁ではなく軽率な単独軍事行動の道を選んだら、アメリカはその政策についての幅広い支持基盤を確立する機会を失うに違いないと思っていた。
だから私は演説した。シカゴのフェデラルプラザに集まった2000人に向かって。みなさんのなかにはそうでない人もいるかもしれないが、私はすべての戦争に反対しているわけではない、と説明した。私の祖父は真珠湾が爆撃を加えたた翌日、署名をして戦争に加わり、パトンの軍で戦ったのだと。
また、もうも言った。『大虐殺と破壊、塵と涙を目撃したあと、私は、狭量ゆえに罪のない人々を殺戮するような輩は追い詰めて根こそぎ退治するという現政権の誓いを支持したし、わたしだってあのような悲劇を二度と起こさないためなら喜んで武器を取るだろう』
支持できないのは、“愚かな戦争、軽はずみな戦争、理性ではなく情熱に、理念ではなく政治に根ざした戦争”だった。私は次のように述べた。
『イラクとの戦争が首尾良く運んだとしても、そのあとアメリカ合衆国には占領の必要があります。いつまでかかり、どれだけの費用を要し、どんな結果になるかもわからない占領の必要が。明白な論理的根拠もなく国際的な強い支持をとりつけずにイラクに侵攻すれば、中東の火をあおり、アラブ世界の衝動を−最良の衝動ではなく、最悪の衝動を−あおり、アルカイダが新兵を獲得する力を強めるだけなのです』 この演説は好意的に受け止められた。…」
バラク・フセイン・オバマ―――オバマがオサマ(ビンラディン)と韻を踏む上に、ミドルネームがフセインという、何とも出来過ぎたアイロニカルな名前である。
これは メッセージ 114645 (kentarou_chyan さん)への返信です.
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