左翼カルトの宗教性 2
投稿者: masajuly2001 投稿日時: 2008/05/23 18:56 投稿番号: [112222 / 118550]
左翼カルト得意の「反省が足りない」「心から反省していない」という言葉で何か思い出さないだろうか。
かなり若いときだが、いろんなことにぶち当たって俺はキリスト教関係の人とよく会っていたことがある。そのときの話し合いみたいなことで耳にしていた言葉。「信仰が足りない」「心から信仰していない」とそっくりではないだろうか。
「反省」にしろ「信仰」にしろ、それは個人の内面の問題である。それを他人が当たり前のように問題にし、追求する。一体全体、「心から反省」とか「心から信仰」というのは誰がどのような基準で判断するんだろうか。「信仰」と同じで「反省」にも限度がない。もしあるとすれば、言われた個人が、それを問題にした連中の言うとおりにしたときだけである。そんなことはありえないだろうから「永遠の反省」になる。
左翼カルトの恐ろしさ、攻撃されるべき根本的な理由は、この宗教性にある。政治でも何でもない。左翼カルトのやっているのは宗教活動だ。「反省」という言葉は、自分たちの集まりで当たり前のように出てくるのだろうか。だから、普通なら変だと思う言葉にあるにもかかわらず、こんなトピで当たり前のように使い、何の疑問も抱いていない。
これは メッセージ 112221 (masajuly2001 さん)への返信です.
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