トルコ 虐殺非難決議とイラク越境攻撃
投稿者: military_messaiah 投稿日時: 2007/10/16 16:54 投稿番号: [110362 / 118550]
米、トルコ説得に躍起
非難決議案
下院採択阻止を“公約”
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071016-00000062-san-int>さらに、トルコ軍のビュユクアヌト参謀総長は14日付の地元紙で、「もし、この決議が下院本会議でも採択されるなら、米国との軍事的関係は過去のものとなる」とまで言い切った。
>米側は「越境攻撃は持続的な解決とならない」(マコーマック国務省報道官)と自制を求めているが、エルドアン首相は、「米国も誰からの許可なくイラクを攻撃した」などとして、聞く耳を持たない。
<トルコ>クルド系武装組織掃討でイラク北部越境攻撃を申請
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071016-00000018-mai-int>米国は越境を強行しないよう、トルコに抑制を呼びかけている。しかし先に、米下院外交委員会が第一次大戦期のオスマン・トルコ帝国によるアルメニア人迫害を「大虐殺」と認定する決議案を可決したことで、トルコ国内では対米感情が悪化しており、影響力にもかげりが出始めている。
クルディスタンとアルメニア
http://www1.odn.ne.jp/~cbq97680/column20.htm>アルメニア人虐殺は、その経過や犠牲者数において諸説あり、現在でもそれぞれの立場から議論がなされている。だが、この事件とクルド人の関わりに注目されることは少ない。虐殺はオスマン帝国政府が主導し、トルコ人およびクルド人が直接加担する形で行われた。多くの歴史書では、クルド人が虐殺に加担したとの記述はなされているものの、その経緯、およびアナトリア東部に共存していた両者の関係については、あまり言及されていない。
>いずれにせよ、虐殺以後この地域のアルメニア人のほとんどが姿を消したことは事実である。その一方で、クルド人が人口の大多数を占めるようになっていく。現在、アナトリア東部は「クルディスタン」の一部とされているが、ここがアルメニア領だと主張する声も根強く残っている。
アルメニア人虐殺は、クルド人の歴史における暗部とも言えるが、「クルディスタン」という地域と捉える上でも、またクルディスタン分断の歴史を知る上でも、無視できない出来事である。
この非難決議のタイミングには何かありそうだと思ったので検索してみたらこんな歴史が。
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