日本共産党=生協(COOP)
投稿者: yankeenext 投稿日時: 2007/07/12 16:41 投稿番号: [107398 / 118550]
生協運動の二つの潮流
当時の生協運動には大きく分けて二つの政治潮流があった。一つは日本共産党系で、もう一つはアンチ共産党系。日本共産党系の生協の場合は、大型生協の展開を目指すという方針。例えば、都民生協の場合は現在組合員数100万人規模。それに対して、アンチ共産党系の生協の場合は、5000〜8000人規模の生協を地域からつくっていくという方針。
共産党は当時、「民主連合政府樹立」という戦略をとっていた。民主的な多くの国民と統一戦線を組んで、国政選挙を通して政権をとろうという戦略である。また、流通については当事の共産党系は「流通民主化論」、流通が大資本に牛耳られていて非民主的なので、生協が大資本に負けないような力をつけて、流通を民主化しようという戦略である。だから、共産党系の生協が大規模化を目指すというのは、根拠があった。戦略をもった拡大方針であったので、これはこれとして私は評価している。
大規模化を目指すために、役員も落下傘で中央から決められていった。例えば、札幌市民生協でも東京から役員が派遣された。方針に従って生協はどんどん大きくなっていったが、一方共産党は、伸び悩んだ。1970年代の一時期には、大阪や京都でも革新府政といって、共産党系の府知事が誕生したりしたが、80年代になって停滞していく。そして80年代になると、生協トップは生協の発展ということのみを考えていくようになり、生協の発展にとってはむしろ共産党が足かせになってきたので、生協トップは共産党を離党し、むしろ自民党と政策協定を結んだりした。生協運動を通じた社会変革ということよりも、生協という組織体の経営に軸足を移していったわけである。何年か前に、いずみ市民生協のトップがゴルフ場会員券を不正購入するというような腐敗した事件も起こってくる。一方、地域戦略を堅持しようとした共産党系の生協の中でも、淀川生協がパルコープ生協に吸収合併されていったように、「地域に根ざして」と言っていた生協も、経営的に悪化して、大規模経営化した生協に吸収合併されていった。
自民党には経団連、財界
公明党には創価学会
の関連だ
社民党には朝鮮総連
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