宗教の精神を忘れずに
投稿者: physics4dummys 投稿日時: 2007/05/29 05:52 投稿番号: [105959 / 118550]
このトピには、ユダヤ教の一部の教えを取り上げて、こんなことを信じてる宗教だからカルトだとか邪悪だとかいう無知蒙昧な人間がいるが、それをいうならキリスト教でもイスラム教でも訳の分からない教えはいくらでもある。問題なのはそうした教えを信者がどのように実生活に反映させているのかということにある。
明らかに変質者のような聖戦主義者による自爆テロをすれば天国で72のレーズンが食べられると思ってるような考えはイスラム教でも邪道だ。
それと同じで割礼をしてない人間を虐待してもいいなどという教えをいまだに実行しているユダヤ教とがいたとしたら、それこそ邪道といえる。
ユダヤ教の教えを色々綴っているタルムードにはいろいろ矛盾することが書かれているが、その理由は長年に渡って種々の著者が書き加えているからだ。ユダヤ教徒に聞いてみればはっきりするが、ユダヤの教えには、昔は適切だったものでも現代社会では適用されないものがあるという考え方が存在する。
例えば6世紀頃のユダヤ教では姦通者は投石による処刑をすべしという規則があった。しかし当時すでにその教えは野蛮すぎるということで、むち打ちの刑に処すのが普通になっていたという。これはコーランのなかでイスラム教を創設したモハメッドとあるユダヤ教のラーバイとの会話のなかに出てくる。
ユダヤ教徒は金曜日の日没から土曜日には仕事をせず、ユダヤ教の教えについて考えるという習慣があるが、ユダヤ教徒同士でも解釈は色々あり、どの教えが時代遅れでどの教えが今でもあてはまるのかという話で意見の一致がない。
だから、昔書かれた不思議な一説を持ち出してきて、これだからユダヤはカルトだとか野蛮だとか断言するのは愚かな行為だといえるわけだ。
これは メッセージ 105958 (physics4dummys さん)への返信です.
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