教会でボランテイアがノルマ化しているのは
投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2007/04/05 10:26 投稿番号: [104127 / 118550]
ブッシュ政権の福祉政策のせいではないのかい?
J・ブッシュの「思いやりのある保守主義」
http://www.geocities.jp/ishidanz/05_02_22.htm
(前略)
アメリカは「神の下に、一つの結束した国家」であり、すべての国民は自由と正義を与えられ、共通の歴史と市民精神を共有し、「互いに義務を担う一つの道徳的な共同体」であり、その意味で「われわれ『国民』がアメリカである」しかしながら、近年アメリカは、二つの異なる国に分離してしまった。
一方は「アメリカの夢を追い求めるための道具と自信をもち、識字力があり夢見ることのできる国」であり、他方は「競争に置き去りにされて、識字力もなく夢見ることもできないもう一つの国」だという。そしてそうした環境の中で、アメリカ文化が未曾有の堕落を経験した。そのためにアメリカ社会の「集団としての価値基盤と行為の道徳的基準」を蝕んできたと憂慮する。
(中略)
こうしたアメリカ社会の二分化を防ぐためには、連邦政府は本来の適切な役割に規模を縮小し、地方自治体に可能なかぎり権限を委譲するとともに、自由・責任を地方自治体、近隣地域や個人に戻すべきだとする。その上でブッシュ大統領は、「政府は、託児所、薬物治療、妊婦のための相談所などのさまざまな社会奉仕を通じて隣人愛を実践する、信仰をもった市民の積極的な社会福祉への参画を歓迎すべきだ」として、政府と信仰に基づく集団とのパートナーシップを、問題の解決策として提言している。
(中略)
「思いやりのある保守主義」には三つの特徴があるという。第一の特徴は、エンパワメント(国民に経済的・社会的生活力を与えること)。「思いやりのある保守主義」は従来のリベラルな社会福祉政策の権利主義に対する痛烈な批判に立って、生活上の苦境を乗り切る資源を国民に与えて経済生活の健全化を図ることを目的としている。政策としては減税や投資の奨励を重視して貧困層が積極的に富を蓄積することを助成する。富の蓄積は、退職年金制度と持ち家の奨励による。
(中略)
第二の特徴は、市場という経済生活の中において自助努力によって富の蓄積が可能になるように貧困層に対して助成金などの支援を行うことである。教育を例に取れば、貧富の差による教育の機会不均等の是正策を提言するものでもある。
(中略)
そして第三の特徴は、経済的繁栄における道徳的目的である。「思いやりのある保守主義」は、市場における自由競争だけでは、美徳をもち活気のある共同体が形成されるわけではない。その意味で、繁栄は道徳的な目的を伴うものでなければならない、と考える。また、アメリカは犯罪、麻薬の濫用、相次ぐ私生児の誕生などさまざまな道徳的な問題を抱えているが、それらは精神的・文化的な弱さに起因する、と認識する。個人というものは、家庭や教会などの市民社会のさまざまな制度を通じて各個人へと伝達されるさまざまな価値に根ざしたときに、地に足の着いた活動が可能となる。従って、「家庭、宗教、自分の人生は自分で切り開くという自尊心は極めて重要である」。こうした文脈の中で、「思いやりのある保守主義」は、経済活動に取り残された貧困層などの社会の底辺で苦しむ人々に対して、草の根的に社会福祉活動を展開する、地域のNPOや信仰に基づくコミュニティ、すなわち宗数団体の活動を有効に利用しようとするものである。もちろん、政教分離の厳格な遵守は必要であり、また公共の資金は特定の宗教集団を助成するために利用されてはならないことは言うまでもない。
(後略)
------------------ -
社会的弱者の自助努力は必要だろうが問題はそれが政府による中間富裕層の優遇と安易な弱者切捨ての目眩ましになっていないか、又政教分離がきちんとできており特定宗教団体の発言権を増大させていないかどうか、信者の拡大再生産手段になっていないか等々。
ここに参加していた米国在住ユダヤカルトのオバサンのように「弱者」に対して憐憫や共感を持たず「自助努力が足りない」等々の「弱者」側の所為にした切捨てを正当化するための自己欺瞞の言い訳にもなっていたりもするんじゃあないか?
現実、格差社会が拡大している現状はその破綻を端的に表しているしボランティアを行う「善意の信者」がその「共犯」になっているつーのもあるんでないかとも思うが?
J・ブッシュの「思いやりのある保守主義」
http://www.geocities.jp/ishidanz/05_02_22.htm
(前略)
アメリカは「神の下に、一つの結束した国家」であり、すべての国民は自由と正義を与えられ、共通の歴史と市民精神を共有し、「互いに義務を担う一つの道徳的な共同体」であり、その意味で「われわれ『国民』がアメリカである」しかしながら、近年アメリカは、二つの異なる国に分離してしまった。
一方は「アメリカの夢を追い求めるための道具と自信をもち、識字力があり夢見ることのできる国」であり、他方は「競争に置き去りにされて、識字力もなく夢見ることもできないもう一つの国」だという。そしてそうした環境の中で、アメリカ文化が未曾有の堕落を経験した。そのためにアメリカ社会の「集団としての価値基盤と行為の道徳的基準」を蝕んできたと憂慮する。
(中略)
こうしたアメリカ社会の二分化を防ぐためには、連邦政府は本来の適切な役割に規模を縮小し、地方自治体に可能なかぎり権限を委譲するとともに、自由・責任を地方自治体、近隣地域や個人に戻すべきだとする。その上でブッシュ大統領は、「政府は、託児所、薬物治療、妊婦のための相談所などのさまざまな社会奉仕を通じて隣人愛を実践する、信仰をもった市民の積極的な社会福祉への参画を歓迎すべきだ」として、政府と信仰に基づく集団とのパートナーシップを、問題の解決策として提言している。
(中略)
「思いやりのある保守主義」には三つの特徴があるという。第一の特徴は、エンパワメント(国民に経済的・社会的生活力を与えること)。「思いやりのある保守主義」は従来のリベラルな社会福祉政策の権利主義に対する痛烈な批判に立って、生活上の苦境を乗り切る資源を国民に与えて経済生活の健全化を図ることを目的としている。政策としては減税や投資の奨励を重視して貧困層が積極的に富を蓄積することを助成する。富の蓄積は、退職年金制度と持ち家の奨励による。
(中略)
第二の特徴は、市場という経済生活の中において自助努力によって富の蓄積が可能になるように貧困層に対して助成金などの支援を行うことである。教育を例に取れば、貧富の差による教育の機会不均等の是正策を提言するものでもある。
(中略)
そして第三の特徴は、経済的繁栄における道徳的目的である。「思いやりのある保守主義」は、市場における自由競争だけでは、美徳をもち活気のある共同体が形成されるわけではない。その意味で、繁栄は道徳的な目的を伴うものでなければならない、と考える。また、アメリカは犯罪、麻薬の濫用、相次ぐ私生児の誕生などさまざまな道徳的な問題を抱えているが、それらは精神的・文化的な弱さに起因する、と認識する。個人というものは、家庭や教会などの市民社会のさまざまな制度を通じて各個人へと伝達されるさまざまな価値に根ざしたときに、地に足の着いた活動が可能となる。従って、「家庭、宗教、自分の人生は自分で切り開くという自尊心は極めて重要である」。こうした文脈の中で、「思いやりのある保守主義」は、経済活動に取り残された貧困層などの社会の底辺で苦しむ人々に対して、草の根的に社会福祉活動を展開する、地域のNPOや信仰に基づくコミュニティ、すなわち宗数団体の活動を有効に利用しようとするものである。もちろん、政教分離の厳格な遵守は必要であり、また公共の資金は特定の宗教集団を助成するために利用されてはならないことは言うまでもない。
(後略)
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社会的弱者の自助努力は必要だろうが問題はそれが政府による中間富裕層の優遇と安易な弱者切捨ての目眩ましになっていないか、又政教分離がきちんとできており特定宗教団体の発言権を増大させていないかどうか、信者の拡大再生産手段になっていないか等々。
ここに参加していた米国在住ユダヤカルトのオバサンのように「弱者」に対して憐憫や共感を持たず「自助努力が足りない」等々の「弱者」側の所為にした切捨てを正当化するための自己欺瞞の言い訳にもなっていたりもするんじゃあないか?
現実、格差社会が拡大している現状はその破綻を端的に表しているしボランティアを行う「善意の信者」がその「共犯」になっているつーのもあるんでないかとも思うが?
これは メッセージ 104122 (yappppppi さん)への返信です.
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