言論の自由と人種差別
投稿者: physics4dummys 投稿日時: 2007/03/18 03:24 投稿番号: [103681 / 118550]
自分がある社会において、多数民族に属し、自分の意見がごく一般的なものである場合には、言論の自由だの人種差別だのという概念を意識することはない。何故なら自分が差別の対象になることはないし、自分は言いたい事を言えるからだ。
こういう概念が問題になってくるのは、少数派の人権をその社会が守ることができるかどうかにかかってくる。
自分と肌の色も文化も違う人間を同じ社会の一員として受け入れることができるか?他民族だというだけで、「おまえは〜人だから」といって差別したりしないで同等の人間としてつきあえるか?
そして自分が気に入らないことをいう人間のいうことを黙って聞いてやることができるか。政府が気に入らない演説をする人間を片っ端から監獄送りにしたりせず、また気に入らな人間らの集会を阻止したりせず自由に集まる権利を保証できるか?
アメリカ社会は完璧ではないが、上記のことを公平にやろうと世界中のどこの国よりも努力している国だ。
イスラム圏の国では強姦された女性が姦通罪で石を投げられて罰せられる国がある。同じイスラム教でもシーアかスンニかだけで殺しあいになる。パキスタンではキリスト教に改宗などした日には極刑だ。モハメッドの悪口をいっただけで命を狙われる。言論の自由などもへったくれもない。人種差別、民族差別は当たり前。
日本も世界的な基準からいえば差別が非常に少ない国だろう。だが日本にも馬鹿ボンボンのように何かというと在日朝鮮人をばかにしたり、知りもしないユダヤ人を毛嫌いする。アメリカ人も嫌いらしいけどね。民族主義者だから他国の文化に「かぶれる」日本人は裏切り者だと思ってよけいに嫌うらしい。(アメリカ人と結婚した女は売女だもんな。)
馬鹿ボンボンだけじゃないが、他人を分析しようとして一番明らかになるのは当人のサイキってやつだな。彼の文章には人種差別意識がありありと伺われ非常に気色悪い。
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/bpa5a4a5ia5afipno9tbbh_1/103681.html