マネー・タブー、生活給など
投稿者: syoumenkyousi 投稿日時: 2007/03/07 18:29 投稿番号: [103287 / 118550]
米英と同じ市場原理主義を突き進む日本低国は、イラク侵略戦争でも米英のケツの毛にしがみついた。しがみついての結果が格差社会から英国並みの階級社会になるならば、日本の貧困層もベッカムを夢見て奴隷のような労働者として暮らすしかない。
日本に今起こっている事は米英では以前から起きている(そう、残業代ゼロ法案なんてもう米英にはある)。まあそういうわけだから、B.エーレンライク『ニッケル・アンド・ダイムド -アメリカ下流社会の現実』(曽田和子訳/東洋経済新報社)を長い時間をかけて読んだ。
大まかな内容は他に譲るとして、面白いと思ったのは、ウォルマートの採用されている「社歌や体操まがい」の動き―─いわゆるウォルマート応援エール―─は、サム・ウォルトンが日本へ来て、日本の会社のアレ―─労働者の社畜化を目指し日本の会社が行う社歌と体操の日課―─を見て感化されたそうだ。
もう一つは、「マネー・タブー」についての言及―─。確かに、日本でも労働者は自らがいくら稼いでいるかについてはあまりいいたがらない。よって他の労働者の賃金なども憶測でしか把握するしかなく、比較によって際だつはずの労働待遇の不備への現実的な対抗策も生まれない。おまけにメディアが松坂大輔などの高額契約などを連日流し続けるのであるから、労働者は一体「時給600円!」とどうして言えようか?
米国では企業が規則で給料について社員同士で話すことを禁じているところもあり、それを理由に解雇ということもあるそうだ。・・・・もちろん労働者側からの訴訟が起きている。
***
市場原理主義は労働者が血と汗と涙で獲得してきたあらゆる権利を投げ出しながら進行している。多数派である労働者がなぜ易々とこうも簡単に騙されるのだろうか?色々ある理由の中で、労働者同士でいがみ合っていることも原因の一つだろう。この頃で言えば公務員叩きもある。公務員以外の労賃が引き下げられ、相対的に公務員の労賃が上がったとしてもいがみ合う必要もない。不当に下げられた方が上げるために戦うことが大切だろう。公務員の労賃を下げたとしても、それは果てしない賃下げ競争に足を掬われるだけだ。他の労働者の賃金を知っていがみ合うことと、お互いに低いから共同してして戦おうとすることには天と地の差がある。
簡単な話、分断して統治せよは権力者の常套手段である。私たちはメディアが垂れ流す政治広告に踊らされてはいけないのだ(もちろんプロスポーツ選手の高額契約騒動も含む)。
まあこう書きながらも、「いつの世にも格差はある、格差はあって当たり前」とうそぶく小泉純一郎を若年貧困層が熱烈に支持したことを私が納得することはないのであるが・・・。
追記1:
日本にあった年功序列の賃金体系は「生活給」という観点から支持される場合がある。だから「生活給」というものはもっと全面に押し出せば、最低賃金なども自ずから決まるはずだ。
追記2:本田由起が居郷至伸の論文を出して新聞に書いていたように―─【これほど大量の低賃金労働者が暴動に走りもせずに社会内に存在しえているのは、彼らを支える家族という社会領域の存在に企業がよりかかることにより、彼らの生活保障に関する責任を放棄した処遇を与え続けることができているからなのだ】 ・・・以上、『企業の「家族依存」を正せ』(朝日新聞2007/2/19)「時流自論」)より。
で、今後数十年でその支える家族の層が消えた時、残された貧乏労働者は権力に戦いを挑むのか?
▼ ニッケル・アンド・ダイムド -アメリカ下流社会の現実 (単行本)
B.エーレンライク (著), 曽田 和子 (翻訳)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4492222731?tag2=gloomynews-22
▼「家族によりかかる企業」労働市場における若者の受難
http://srkibou.blog75.fc2.com/blog-entry-173.html#more
▼ 2007年2月25日(日)「しんぶん赤旗」
ユニオンに入って残業代払わせよう
渋谷センター街でアピール
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-02-25/2007022501_01_0.html
▼「すき家」は残業代を法律どおり払え!大宣伝成功
http://list.jca.apc.org/public/aml/2007-February/011714.html
日本に今起こっている事は米英では以前から起きている(そう、残業代ゼロ法案なんてもう米英にはある)。まあそういうわけだから、B.エーレンライク『ニッケル・アンド・ダイムド -アメリカ下流社会の現実』(曽田和子訳/東洋経済新報社)を長い時間をかけて読んだ。
大まかな内容は他に譲るとして、面白いと思ったのは、ウォルマートの採用されている「社歌や体操まがい」の動き―─いわゆるウォルマート応援エール―─は、サム・ウォルトンが日本へ来て、日本の会社のアレ―─労働者の社畜化を目指し日本の会社が行う社歌と体操の日課―─を見て感化されたそうだ。
もう一つは、「マネー・タブー」についての言及―─。確かに、日本でも労働者は自らがいくら稼いでいるかについてはあまりいいたがらない。よって他の労働者の賃金なども憶測でしか把握するしかなく、比較によって際だつはずの労働待遇の不備への現実的な対抗策も生まれない。おまけにメディアが松坂大輔などの高額契約などを連日流し続けるのであるから、労働者は一体「時給600円!」とどうして言えようか?
米国では企業が規則で給料について社員同士で話すことを禁じているところもあり、それを理由に解雇ということもあるそうだ。・・・・もちろん労働者側からの訴訟が起きている。
***
市場原理主義は労働者が血と汗と涙で獲得してきたあらゆる権利を投げ出しながら進行している。多数派である労働者がなぜ易々とこうも簡単に騙されるのだろうか?色々ある理由の中で、労働者同士でいがみ合っていることも原因の一つだろう。この頃で言えば公務員叩きもある。公務員以外の労賃が引き下げられ、相対的に公務員の労賃が上がったとしてもいがみ合う必要もない。不当に下げられた方が上げるために戦うことが大切だろう。公務員の労賃を下げたとしても、それは果てしない賃下げ競争に足を掬われるだけだ。他の労働者の賃金を知っていがみ合うことと、お互いに低いから共同してして戦おうとすることには天と地の差がある。
簡単な話、分断して統治せよは権力者の常套手段である。私たちはメディアが垂れ流す政治広告に踊らされてはいけないのだ(もちろんプロスポーツ選手の高額契約騒動も含む)。
まあこう書きながらも、「いつの世にも格差はある、格差はあって当たり前」とうそぶく小泉純一郎を若年貧困層が熱烈に支持したことを私が納得することはないのであるが・・・。
追記1:
日本にあった年功序列の賃金体系は「生活給」という観点から支持される場合がある。だから「生活給」というものはもっと全面に押し出せば、最低賃金なども自ずから決まるはずだ。
追記2:本田由起が居郷至伸の論文を出して新聞に書いていたように―─【これほど大量の低賃金労働者が暴動に走りもせずに社会内に存在しえているのは、彼らを支える家族という社会領域の存在に企業がよりかかることにより、彼らの生活保障に関する責任を放棄した処遇を与え続けることができているからなのだ】 ・・・以上、『企業の「家族依存」を正せ』(朝日新聞2007/2/19)「時流自論」)より。
で、今後数十年でその支える家族の層が消えた時、残された貧乏労働者は権力に戦いを挑むのか?
▼ ニッケル・アンド・ダイムド -アメリカ下流社会の現実 (単行本)
B.エーレンライク (著), 曽田 和子 (翻訳)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4492222731?tag2=gloomynews-22
▼「家族によりかかる企業」労働市場における若者の受難
http://srkibou.blog75.fc2.com/blog-entry-173.html#more
▼ 2007年2月25日(日)「しんぶん赤旗」
ユニオンに入って残業代払わせよう
渋谷センター街でアピール
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-02-25/2007022501_01_0.html
▼「すき家」は残業代を法律どおり払え!大宣伝成功
http://list.jca.apc.org/public/aml/2007-February/011714.html
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/bpa5a4a5ia5afipno9tbbh_1/103287.html