対イラク武力行使

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モーセと一神教

投稿者: itumo_hihyou 投稿日時: 2007/03/04 00:12 投稿番号: [103146 / 118550]
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0895.html
さしあたって、ふたつのことが予想される。ひとつは、この時期にナチスによる大量のユダヤ人迫害と虐殺が大進行していたということがある。これにはフロイトはそうとう深く考えこまされていた。
  たとえば1934年のアルノルト・ツヴァイク宛の私信のなかで、「私はいま、なにゆえにユダヤ人は死に絶えることのない憎悪を浴びたのか、自問しております」と書いていた。これはフロイト自身の奥にどくどくと流れている血を根本的に振り返るあきらかな動機のひとつになっていた。また、長きにわたったヨーロッパの社会史の現在が、いまになってなぜユダヤ人と全面対決しているのかという謎を解きたいという動機もあった。ホロコーストの対象になったこと、さらにさかのぼればディアスポーラを受けたことである。
  が、これだけならフロイトならずともユダヤ系の現代思想家や文学者なら考えそうなことだった。カフカもずっとこのことを考えた。だからここには、もうひとつの理由があるはずなのだ。こちらのほうが大きい動機であった。

  それはフロイトはユダヤ人でもあるが、言うまでもなく、かつまた精神医学者であって、精神の歴史の解明者であったということだ。そういう自負をもっていた。
  そこには人間あるいは人類が宿命的にかかえた意識と無意識の潮流を証したという思想がある。その成果がある。いや、フロイトにとってはそのような“真実”があるというべきものだった。それは「類」としての人間精神の暗闇に挑むという研究だった。それは人種や民族を超える“真実”であるはずだった。
  たしかにこの暗闇はそれまで誰も踏みこんではいなかった。フロイトはそこへ半ばはさしかかったのである。もっと踏みこみたかったのだが、そこまでは思索や研究が突入していなかった。そして、この精神の暗闇に挑んだフロイトが自身の課題を完成させるには、モーセは殺されていなければならなかったのである。
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