世俗主義のユダヤ系について
投稿者: physics4dummys 投稿日時: 2007/02/25 15:43 投稿番号: [102796 / 118550]
このトピではユダヤ教徒やユダや民族に関して偏見まるだしの嘘つきが何人もいるので、もしそうでないひとが一人でも読んでいるならちょっと聞いてもらいたい。
ユダヤ人と一口にいっても色々ある。アメリカで自分のことを「私はジューだ。(ユダヤ人)」という人に出会ってもその人が必ずしも自分は「ユダヤ教徒である」と言っているのだと解釈すべきではない。大抵の場合これは「自分はユダヤ系民族の血を受け継いでいる」という意味でしかなく宗教そのものとは無関係な人が多いからだ。
アメリカのユダヤ系は信仰熱心な宗教家よりも世俗的な人たちが多く、日本でも実家は仏教ですといいながら仏教徒らしいことをするのは冠婚葬祭の時くらいという人と同じで、普段はほとんどユダヤ宗教のことなど考えていない。
だが彼等にはユダヤ民族という自意識はきちんとある。その理由はこれまでに何かと差別されてきたということもあるし、宗教とは直接関係はないが文化として受け継がれた習慣がいくらでも残っているからだ。(割礼などもその習慣の一つであり、今割礼を子供にする親たちで宗教的な意味など深く考えているひとなどほとんどいない。)
これはアメリカではイタリア系やアイルランド系の移民が何世代たっても自分はイタリア人だとかアイルランド人だとか言うのと似ている。彼等は決して自分たちがアメリカ人ではないと言っているのではない。自分達はアメリカ人だが、イタリアやアイルランドの文化を受け継いできた人間だと考えているのだ。
アメリカで世俗主義の人たちが自分は「ユダヤ人」だと言ったらそういう民族のことを言うのだ。
世界中でイスラエルの次にユダヤ系の人口が多いニューヨークで暮らしたことのある馬鹿ボンボンがその程度の基礎も学ばずにかえって来たというのは本当に嘆かわしい。彼がどれほど地元文化に自分をさらさず自分の殻に凝り固まっていたのかがわかるというものだ。
これは メッセージ 102794 (physics4dummys さん)への返信です.
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