Re: 煩悩さんへ
投稿者: bonno_216 投稿日時: 2007/01/23 07:45 投稿番号: [101009 / 118550]
>それを支持する人間に「意見」言う機会を多く与えて
>しまう貴女に対する吉備団子さんの意見に私は同意します。
メシアさんのおっしゃる事も、吉備団子さんの「怒り」も理解します。ただ、私は「バカを黙らせろ」というキャンペーンに「ホロコースト否定論は犯罪」とか「陰謀論はトンデモ」などの言論封殺と同様のキナクサさを感じてしまうのです。
オウム真理教バッシング、神奈川県警叩き、少年犯罪晒しキャンペーン、JR西日本叩き、また最近では植草教授バッシング、大阪府庁叩き、不二屋叩きなど。これらは正義感や被害者への同情から発生したものであると理解できても、その執拗さと、見え隠れするバイオレンスへの渇望に対して、私は異様な恐怖を覚えるのです。
言うまでもないことですが、私は米国のイラク攻撃を支持しませんし、上に挙げた事件の加害行為を擁護するつもりもありません。しかし、「弁明させるな」「意見を言わせるな」「みんなで叩こう」という大合唱は、どこか小中学生の「イジメ」に似た構図を思い浮かばせるし、そういう高揚を利用した「法改正」や「規制強化」の政策などが出てくるに至っては、「誰かの仕掛けか?」とすら疑ってしまいます。
私の同窓生で刑事事件の弁護士をやっている人がいます。そして彼の事務所には何通もの脅迫メールや嫌がらせFAXが届きます。それは「凶悪犯罪者の弁護などするな!」というおなじみのものです。
差し出し人には被害者に近しい人も居ますが、大半が匿名です。私の同窓生はそれに対し「反論も弁明もしない。それは彼らの感情を逆撫でし、より一層興奮させてしまうだけだから」と言います。しかし「いかに凶悪犯罪の被告であっても、法の保護下に置くことを否定する訳にはいかない。それは私の職業倫理が許さないのだ」とも言い切っています。
大勢の心ある人々、悲しみにくれる被害者親族、そうした人々の心情を害することは心苦しいけれど、自分の信じる正義を貫くためには一歩も譲れない…そういう彼の、ジレンマの中での悲壮な覚悟は私の心を打ちました。
案山子さんは凶悪犯罪者じゃないけれど、その言論の中に私自身「許せない」と思わせるものがいくつもあります。しかし私は、感情的なバッシングや罵倒でそれに対処しようとは思わないのです。私はそれを「正義」だとまでは思いませんが、私自身の「行動美学」であると思っています。
他の人が彼女を罵倒、非難することは否定しません。それは、ある程度当然の反応だろうとも思えるからです。しかし、私一人くらいは、まともに話を聞いてあげてもいいんじゃないか…とも考えるのです。
メシアさんや吉備団子さんは、そんな私を「イラク戦争に与している」と思われるかも知れません。その非難は甘んじて受けましょう。反駁したい気持ちを必死で抑えて、私は黙って我が道を往こうと決めています。
今後もお気に召さない言論が多く出てくるかとは思いますが、なにとぞご容赦のほど、伏してお願いもうしあげます。
>しまう貴女に対する吉備団子さんの意見に私は同意します。
メシアさんのおっしゃる事も、吉備団子さんの「怒り」も理解します。ただ、私は「バカを黙らせろ」というキャンペーンに「ホロコースト否定論は犯罪」とか「陰謀論はトンデモ」などの言論封殺と同様のキナクサさを感じてしまうのです。
オウム真理教バッシング、神奈川県警叩き、少年犯罪晒しキャンペーン、JR西日本叩き、また最近では植草教授バッシング、大阪府庁叩き、不二屋叩きなど。これらは正義感や被害者への同情から発生したものであると理解できても、その執拗さと、見え隠れするバイオレンスへの渇望に対して、私は異様な恐怖を覚えるのです。
言うまでもないことですが、私は米国のイラク攻撃を支持しませんし、上に挙げた事件の加害行為を擁護するつもりもありません。しかし、「弁明させるな」「意見を言わせるな」「みんなで叩こう」という大合唱は、どこか小中学生の「イジメ」に似た構図を思い浮かばせるし、そういう高揚を利用した「法改正」や「規制強化」の政策などが出てくるに至っては、「誰かの仕掛けか?」とすら疑ってしまいます。
私の同窓生で刑事事件の弁護士をやっている人がいます。そして彼の事務所には何通もの脅迫メールや嫌がらせFAXが届きます。それは「凶悪犯罪者の弁護などするな!」というおなじみのものです。
差し出し人には被害者に近しい人も居ますが、大半が匿名です。私の同窓生はそれに対し「反論も弁明もしない。それは彼らの感情を逆撫でし、より一層興奮させてしまうだけだから」と言います。しかし「いかに凶悪犯罪の被告であっても、法の保護下に置くことを否定する訳にはいかない。それは私の職業倫理が許さないのだ」とも言い切っています。
大勢の心ある人々、悲しみにくれる被害者親族、そうした人々の心情を害することは心苦しいけれど、自分の信じる正義を貫くためには一歩も譲れない…そういう彼の、ジレンマの中での悲壮な覚悟は私の心を打ちました。
案山子さんは凶悪犯罪者じゃないけれど、その言論の中に私自身「許せない」と思わせるものがいくつもあります。しかし私は、感情的なバッシングや罵倒でそれに対処しようとは思わないのです。私はそれを「正義」だとまでは思いませんが、私自身の「行動美学」であると思っています。
他の人が彼女を罵倒、非難することは否定しません。それは、ある程度当然の反応だろうとも思えるからです。しかし、私一人くらいは、まともに話を聞いてあげてもいいんじゃないか…とも考えるのです。
メシアさんや吉備団子さんは、そんな私を「イラク戦争に与している」と思われるかも知れません。その非難は甘んじて受けましょう。反駁したい気持ちを必死で抑えて、私は黙って我が道を往こうと決めています。
今後もお気に召さない言論が多く出てくるかとは思いますが、なにとぞご容赦のほど、伏してお願いもうしあげます。
これは メッセージ 100973 (military_messaiah さん)への返信です.
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