Re: シラクの外交方針演説
投稿者: need2003jp 投稿日時: 2007/01/07 19:33 投稿番号: [100075 / 118550]
>>資本の投資先というのが戦争という「破局」に向いていくと見ています。
>これは、一般に「資本」というよりは「軍産複合体の資本」、とか「軍産複合体に投資している資本」というべきではないでしょうか。
なるほど、そうですね。ただ、そうなると、人々の嘆きとは裏腹に、これはどんどん増殖していく一方ですね。現在のテロ戦争は、半永久的なモノになるから、格好の投資先ですから。軍産複合体はある意味、アメリカに巣くうやっかいな癌ですけどね。
>まあ、軍産複合体とかいう以前に、一般の社会生活においても、米国には自由市場至上主義とかグローバリゼーションとか、「バランス感覚」を養うほどの歴史というか土壌がないというのが俺の認識です。つまり、米国社会全体が排他的拝金主義社会で、これの行き着く先がどうなるかは、米国民が気付くしか方法がないというか。
これは、アメリカの国家成立というのが、ヨーロッパのやり方に嫌気がさしてきた人が、アメリカに渡って建国してきたというのが大きなバックボーンにあると思うんですよ。だから、旧来の道徳的価値観・倫理観への対抗心というのが、より強いんじゃないのでしょうか。その延長線上に、資本の法則に則って、グローバリゼーションという形で急激に拡大してきたアメリカの姿が見えてくるんです。安い人件費を確保するために、様々な人種を受け入れたり、あるいは海外に進出して安いコストで大きく収益を上げることに人一倍こだわってきた。だけど、マーケットを軸にした社会では、合理的で民主的な市場を好むけど、その結果というのは反人間的な結果をもたらしてしまう。合理性という形で旧来の価値観を壊してきたけれど、それに変わる根幹的なモノ、道徳的価値の例では人倫の基本というのが抜け落ちているように思います。その辺に、マサさんの指摘する「バランス感覚」の欠如というのが見えてくると思います。だから、最近のネオコンと呼ばれる人たちの台頭というのが、自国・自民族的優越主義をより高めていくことで、資本による価値観の破壊から身を守ろうと躍起になっているんじゃないですかね。
ただ、マサさんが、「社会が暴走を抑える仕組みが、フランスにはある」ようにいいましたけど、ヨーロッパの国々はやっぱり政治的にも市民革命という形で、国家と個人との激しい攻防戦の歴史の中で成熟してきたところにあると見ています。そこで、何らかの形でバランス感覚というのが醸成されてきたと見てもいいかもしれません。
でも、国民が気付く時は、「時既に遅し」という事態になりそうで、ちょっと怖いですけど。
>これは、一般に「資本」というよりは「軍産複合体の資本」、とか「軍産複合体に投資している資本」というべきではないでしょうか。
なるほど、そうですね。ただ、そうなると、人々の嘆きとは裏腹に、これはどんどん増殖していく一方ですね。現在のテロ戦争は、半永久的なモノになるから、格好の投資先ですから。軍産複合体はある意味、アメリカに巣くうやっかいな癌ですけどね。
>まあ、軍産複合体とかいう以前に、一般の社会生活においても、米国には自由市場至上主義とかグローバリゼーションとか、「バランス感覚」を養うほどの歴史というか土壌がないというのが俺の認識です。つまり、米国社会全体が排他的拝金主義社会で、これの行き着く先がどうなるかは、米国民が気付くしか方法がないというか。
これは、アメリカの国家成立というのが、ヨーロッパのやり方に嫌気がさしてきた人が、アメリカに渡って建国してきたというのが大きなバックボーンにあると思うんですよ。だから、旧来の道徳的価値観・倫理観への対抗心というのが、より強いんじゃないのでしょうか。その延長線上に、資本の法則に則って、グローバリゼーションという形で急激に拡大してきたアメリカの姿が見えてくるんです。安い人件費を確保するために、様々な人種を受け入れたり、あるいは海外に進出して安いコストで大きく収益を上げることに人一倍こだわってきた。だけど、マーケットを軸にした社会では、合理的で民主的な市場を好むけど、その結果というのは反人間的な結果をもたらしてしまう。合理性という形で旧来の価値観を壊してきたけれど、それに変わる根幹的なモノ、道徳的価値の例では人倫の基本というのが抜け落ちているように思います。その辺に、マサさんの指摘する「バランス感覚」の欠如というのが見えてくると思います。だから、最近のネオコンと呼ばれる人たちの台頭というのが、自国・自民族的優越主義をより高めていくことで、資本による価値観の破壊から身を守ろうと躍起になっているんじゃないですかね。
ただ、マサさんが、「社会が暴走を抑える仕組みが、フランスにはある」ようにいいましたけど、ヨーロッパの国々はやっぱり政治的にも市民革命という形で、国家と個人との激しい攻防戦の歴史の中で成熟してきたところにあると見ています。そこで、何らかの形でバランス感覚というのが醸成されてきたと見てもいいかもしれません。
でも、国民が気付く時は、「時既に遅し」という事態になりそうで、ちょっと怖いですけど。
これは メッセージ 100067 (masajuly2001 さん)への返信です.
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