美辞麗句でも言い足りませぬ
投稿者: real_days365 投稿日時: 2005/01/09 23:41 投稿番号: [1889 / 1982]
自衛隊イラク人道復興支援は、充分に人道的で美しい活動だと思うよ?
1878のフラッシュ見てみてよ。
お・ね・が・い・(はぁと)
おまけ:
>>第1次イラク復興支援群 3等陸佐 栫(かこい)和彦氏
小泉内閣メルマガより抜粋
4月には、良き隣人としてのお付き合いとして、宿営地近傍の小学校訪問
を行い、5人編成のオーケストラ?の演奏、手品や日本の遊びを通じ、少し
でも「日本の心」を伝えるよう努力してきました。学校訪問の際、子供らに
は「シュックラン(アラビア語で「ありがとう」の意味)」でなく、日本語
で「ありがとう」と語りかけています。また、ユーフラテス川に「こいのぼ
り」をかけ、イラクの子供たちの健やかな成長を願い、日本人の心を伝える
ようにしました。『花は1年、木は10年、人は100年』と言いますが、
何年か先にこの子らが「ヤーバニーありがとう」と言ってくれたら、どんな
に嬉しいでしょう。
本邦の新聞紙上で、「地元の雇用」、「目に見える支援」、「企業誘致・
進出を」といった見出しが紙面を飾ることもあると聞いていますが、お金や
物は、使えば減り、時が経てば老朽化しますが、「日本人の心」すなわち「
誠実」「真面目」「謙遜する心」は使えば使うほど増えると思い、復興支援
活動中の人との関わりや、SU運動、学校訪問の中で、そんな『もう一つの
支援』を大切にしたいと思います。
もちろん、様々な事態に対する守りも怠ってはいません。その際に武器や
防弾チョッキは身を守るものとして心強いものです。しかしながら我々にと
っては地球の反対側から聞こえてくる「日本国民の声援」が何にも増して心
強く、そして励みになるものです。我々は日本の代表として立派に任務を達
成し、全員無事に帰国します。
歴史や記録に残らなくても、いつの日か「遠く、8,000キロの彼方か
ら来たヤーバニーが我々のためにやってくれた」とイラクの、サマーワの人
々の記憶に残る仕事がしたくて、明日もまたサマーワの大地に立ちたいと思
います。
>>「ウェルカム・ヤーバニー」イラク復興業務支援隊長、1等陸佐 佐藤正久氏
同じく、小泉内閣メルマガより抜粋
サマーワの地に来て1カ月を過ぎました。私以下、隊員はみんな元気に活
動しております。
1カ月前、クウェートから車両隊列を組み、ラクダや羊の群を時折見かけ
るだけの一面の砂漠をサマーワに向かいました。
イラクの子供たちは、日の丸をつけた自衛隊の車両に気づくと、遠くから
一斉に走って来て手を振ります。「ヤバーニ、ヤバーニ」と、明るい笑顔で
精一杯手を振ります。大人もそうです。すれ違う車や、歩道から大きな声を
出して、「ウェルカム、ヤバーニ。ウェルカム、ヤバーニ」と言っています。
人前で自己表現しないと思っていた黒装束のアラブの女性にも、手を振って
くれる人がいるのには驚きました。
サマーワでは、県知事主催のセレモニー、部族長との夕食会等、数々の歓
迎行事で、自衛隊の到着を喜んでくれました。
このように、精一杯の歓迎の意を示してくれるサマーワの人々ですが、そ
の生活は必ずしも豊かなものではありません。駆け足で来て手を振る子供た
ちの大半は、靴を履いていません。校舎や机はガタガタで、鉛筆やノートも
満足にありません。浄水場の老朽化が激しいために、断水している家庭が多
数あります。河の水や、瓶に貯めた水の上澄みを飲んでいます。一部に復興
の鎚音は感じられますが、失業者が多数いる状況です。
反体制的であるということで前政権に破壊された村も見に行きました。村
は廃墟となっていました。そうした中でも、人々はたくましく生きていまし
た。そのうちの一軒でお茶をご馳走になりました。女の子が寄ってきて造花
をくれました。砂漠であるイラクでは造花は貴重な贈り物です。埃まみれで
したが、美しい花でした。
私は隊長として、この子供達の未来のために精一杯人道復興支援業務に取
り組まなければいけないのだと感じています。私は、日本国民の善意の代理
者、実行者として、イラクの地にいることを改めて肝に銘じているところで
す。
1878のフラッシュ見てみてよ。
お・ね・が・い・(はぁと)
おまけ:
>>第1次イラク復興支援群 3等陸佐 栫(かこい)和彦氏
小泉内閣メルマガより抜粋
4月には、良き隣人としてのお付き合いとして、宿営地近傍の小学校訪問
を行い、5人編成のオーケストラ?の演奏、手品や日本の遊びを通じ、少し
でも「日本の心」を伝えるよう努力してきました。学校訪問の際、子供らに
は「シュックラン(アラビア語で「ありがとう」の意味)」でなく、日本語
で「ありがとう」と語りかけています。また、ユーフラテス川に「こいのぼ
り」をかけ、イラクの子供たちの健やかな成長を願い、日本人の心を伝える
ようにしました。『花は1年、木は10年、人は100年』と言いますが、
何年か先にこの子らが「ヤーバニーありがとう」と言ってくれたら、どんな
に嬉しいでしょう。
本邦の新聞紙上で、「地元の雇用」、「目に見える支援」、「企業誘致・
進出を」といった見出しが紙面を飾ることもあると聞いていますが、お金や
物は、使えば減り、時が経てば老朽化しますが、「日本人の心」すなわち「
誠実」「真面目」「謙遜する心」は使えば使うほど増えると思い、復興支援
活動中の人との関わりや、SU運動、学校訪問の中で、そんな『もう一つの
支援』を大切にしたいと思います。
もちろん、様々な事態に対する守りも怠ってはいません。その際に武器や
防弾チョッキは身を守るものとして心強いものです。しかしながら我々にと
っては地球の反対側から聞こえてくる「日本国民の声援」が何にも増して心
強く、そして励みになるものです。我々は日本の代表として立派に任務を達
成し、全員無事に帰国します。
歴史や記録に残らなくても、いつの日か「遠く、8,000キロの彼方か
ら来たヤーバニーが我々のためにやってくれた」とイラクの、サマーワの人
々の記憶に残る仕事がしたくて、明日もまたサマーワの大地に立ちたいと思
います。
>>「ウェルカム・ヤーバニー」イラク復興業務支援隊長、1等陸佐 佐藤正久氏
同じく、小泉内閣メルマガより抜粋
サマーワの地に来て1カ月を過ぎました。私以下、隊員はみんな元気に活
動しております。
1カ月前、クウェートから車両隊列を組み、ラクダや羊の群を時折見かけ
るだけの一面の砂漠をサマーワに向かいました。
イラクの子供たちは、日の丸をつけた自衛隊の車両に気づくと、遠くから
一斉に走って来て手を振ります。「ヤバーニ、ヤバーニ」と、明るい笑顔で
精一杯手を振ります。大人もそうです。すれ違う車や、歩道から大きな声を
出して、「ウェルカム、ヤバーニ。ウェルカム、ヤバーニ」と言っています。
人前で自己表現しないと思っていた黒装束のアラブの女性にも、手を振って
くれる人がいるのには驚きました。
サマーワでは、県知事主催のセレモニー、部族長との夕食会等、数々の歓
迎行事で、自衛隊の到着を喜んでくれました。
このように、精一杯の歓迎の意を示してくれるサマーワの人々ですが、そ
の生活は必ずしも豊かなものではありません。駆け足で来て手を振る子供た
ちの大半は、靴を履いていません。校舎や机はガタガタで、鉛筆やノートも
満足にありません。浄水場の老朽化が激しいために、断水している家庭が多
数あります。河の水や、瓶に貯めた水の上澄みを飲んでいます。一部に復興
の鎚音は感じられますが、失業者が多数いる状況です。
反体制的であるということで前政権に破壊された村も見に行きました。村
は廃墟となっていました。そうした中でも、人々はたくましく生きていまし
た。そのうちの一軒でお茶をご馳走になりました。女の子が寄ってきて造花
をくれました。砂漠であるイラクでは造花は貴重な贈り物です。埃まみれで
したが、美しい花でした。
私は隊長として、この子供達の未来のために精一杯人道復興支援業務に取
り組まなければいけないのだと感じています。私は、日本国民の善意の代理
者、実行者として、イラクの地にいることを改めて肝に銘じているところで
す。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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