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俗な発想だな

投稿者: battamama 投稿日時: 2005/04/02 00:52 投稿番号: [561 / 1657]
人は、人の思考に自己の思考を投影する。

大江健三郎がノーベル賞受賞を拒否したことの理由の一つには、障害を持つ子供との共生で得た至高体験がある。

以下、その片鱗を覗かせる文章を抜粋。
感覚を研ぎ澄ませてみれば、そこから大江氏の精神の一部が浮かび上がってくる。

『大江健三郎が29歳の時に生まれたのが光さんで、頭の大きさが2倍ほどの子供が長男として生まれたのだった。大江健三郎はちょうど『広島ノート』(岩波新書1965)の取材で広島に行かなければならない時だったのだが、この子の将来を案じて、原爆忌で流される灯籠の一つに「大江健三郎」「大江光」と書いて流してしまった。つまり、心の中で殺してしまったのだった。その後、広島で取材を続けて原爆の悲惨と個人的な体験を重ね合わせているうちに、間違っていることに気づき、共に生きていこうと決心するのである。

  健三郎自身がためらった。「しかし、そのためらいの後で決意したことによって、そこから自分が、いわばもう一度生まれなおしたようにも感じているのである」(『恢復する家族』)。

  ノーベル賞の受賞理由の一つに父子の共生(symbiosis)が挙げられているように光さんとの関係が欧米の人には異文化として映った。欧米の文化では父親と息子の葛藤・相克が大きなテーマになっているのに大江の文学では調和しており、さらに文学と音楽が共生しているように見られているのである。例えば、リハビリテーション世界会議で健三郎は「僕がいまもっとも誇らしく思うことは、障害を持つ自分の息子に、decentな、つまり人間らしく寛容でユーモラスでもあり信頼にたる、そのような人格を認めることです。また、この障害者と共生することで、かれのそのような性格に、家族みなが影響を受けてもいることです」(『恢復する家族』)と述べている。』
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