自己犠牲の生き方
投稿者: battamama 投稿日時: 2005/03/22 00:26 投稿番号: [336 / 1657]
自己犠牲と言う言葉で、まず想起するのはイエス・キリスト。それに並ぶ古聖の方々。
新しい所で俄に思いつくのは、マザー・テレサ。精神科医の神谷恵美子。いずれも人類救済の為に自己の人生を捧げ、その身を削った人達だ。
いずれも一般レベルを遙かに超えた崇高な精神と信仰の持ち主である。いわば、神と一体になった人達。
「生き方上手」などの本で、90歳を越えた今も、矍鑠として「老人党」などを掲げるなど、八面六臂で活躍の医師 日野原重明氏。
日野原氏は、かつてよど号乗事件に巻き込まれた。学会参加の為に乗り合わせた飛行機がハイジャックされたのである。
機内で、両手を縛られてはいたが、犯人達が提供したドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」を読ませて貰うことを要請した。その本の最初のページに書かれていた聖書の言葉が彼の心を射った。氏は、かつてこの本を読んだことがあったが、当時はこの言葉の存在が、全く視野に入らなかったという。絶体絶命のその時に、不思議とこの聖書の言葉が意味を持って脳裏に飛び込んできたのだ。
『よくよくあなたがたに言っておく。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。
しかし、もし死んだなら、豊かに身を結ぶようになる(ヨハネによる福音書。第十二章二十四節)』
結果、幸運にも日野原氏達乗客は全員解放された。
生きてこの地は踏めないだろうと覚悟していただけに、新たに命を貰ったような気持ちになった。大いなる意志に、生かされていると実感した瞬間であった。
この事件に遭遇する迄の数十年間は、より素晴らしい論文を書きたい。もっと人々に認められたい。そんなエゴイスティックな欲望だけで生きてきた。
しかし、大いなる者の存在を実感させてくれたこの事件を通じて、彼は生まれ変わったのだ。
『残された人生を、人の為に捧げよう』と。
この世には、人類奉仕に近い職業が多々ある。
自衛隊や消防士、警察官などの危険と背中合わせの仕事や、介護等の福祉職、そして医療関連従事者等々。
特に身の危険を伴う仕事や、看護および介護のハードな感情労働は、経済の為という理由だけではそうそう継続できるものではない。
使命感なり、奉仕の精神がその根底に無い場合は、継続するにはかなり辛い仕事だろうと思う。
そういう意味では、非常に尊い志だと敬意を抱く。やはり、彼らも自己の命を神に捧げた崇高な精神の持ち主なのだろう。
自分さえ良ければというエゴイスティックな意識のレベルでは、到底理解できない精神の高みだ。
この世の実利、営利、名誉、権力のみに価値を見いだすか、精神の深みにある命(魂)の喜びに価値を見いだすかの差である。
※感情労働
http://www.let.kumamoto-u.ac.jp/cs/cu/040106kan.html
※日野原 重明
1911年山口生まれ。1937年京都帝大医学部卒業。1941年聖路加国際病院の内科医となり、内科医長、院長等を歴任。現在、聖路加国際病院名誉院長・同理事長、聖路加看護大学名誉学長。(財)ライフ・プランニング・センター理事長。日本音楽療法学会理事長。全日本音楽療法連盟会長。
http://www.bestlife.ne.jp/hinohara/
※神谷美恵子
http://www.pcs.ne.jp/~yu/ticket/kamiya/kamiya.html
新しい所で俄に思いつくのは、マザー・テレサ。精神科医の神谷恵美子。いずれも人類救済の為に自己の人生を捧げ、その身を削った人達だ。
いずれも一般レベルを遙かに超えた崇高な精神と信仰の持ち主である。いわば、神と一体になった人達。
「生き方上手」などの本で、90歳を越えた今も、矍鑠として「老人党」などを掲げるなど、八面六臂で活躍の医師 日野原重明氏。
日野原氏は、かつてよど号乗事件に巻き込まれた。学会参加の為に乗り合わせた飛行機がハイジャックされたのである。
機内で、両手を縛られてはいたが、犯人達が提供したドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」を読ませて貰うことを要請した。その本の最初のページに書かれていた聖書の言葉が彼の心を射った。氏は、かつてこの本を読んだことがあったが、当時はこの言葉の存在が、全く視野に入らなかったという。絶体絶命のその時に、不思議とこの聖書の言葉が意味を持って脳裏に飛び込んできたのだ。
『よくよくあなたがたに言っておく。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。
しかし、もし死んだなら、豊かに身を結ぶようになる(ヨハネによる福音書。第十二章二十四節)』
結果、幸運にも日野原氏達乗客は全員解放された。
生きてこの地は踏めないだろうと覚悟していただけに、新たに命を貰ったような気持ちになった。大いなる意志に、生かされていると実感した瞬間であった。
この事件に遭遇する迄の数十年間は、より素晴らしい論文を書きたい。もっと人々に認められたい。そんなエゴイスティックな欲望だけで生きてきた。
しかし、大いなる者の存在を実感させてくれたこの事件を通じて、彼は生まれ変わったのだ。
『残された人生を、人の為に捧げよう』と。
この世には、人類奉仕に近い職業が多々ある。
自衛隊や消防士、警察官などの危険と背中合わせの仕事や、介護等の福祉職、そして医療関連従事者等々。
特に身の危険を伴う仕事や、看護および介護のハードな感情労働は、経済の為という理由だけではそうそう継続できるものではない。
使命感なり、奉仕の精神がその根底に無い場合は、継続するにはかなり辛い仕事だろうと思う。
そういう意味では、非常に尊い志だと敬意を抱く。やはり、彼らも自己の命を神に捧げた崇高な精神の持ち主なのだろう。
自分さえ良ければというエゴイスティックな意識のレベルでは、到底理解できない精神の高みだ。
この世の実利、営利、名誉、権力のみに価値を見いだすか、精神の深みにある命(魂)の喜びに価値を見いだすかの差である。
※感情労働
http://www.let.kumamoto-u.ac.jp/cs/cu/040106kan.html
※日野原 重明
1911年山口生まれ。1937年京都帝大医学部卒業。1941年聖路加国際病院の内科医となり、内科医長、院長等を歴任。現在、聖路加国際病院名誉院長・同理事長、聖路加看護大学名誉学長。(財)ライフ・プランニング・センター理事長。日本音楽療法学会理事長。全日本音楽療法連盟会長。
http://www.bestlife.ne.jp/hinohara/
※神谷美恵子
http://www.pcs.ne.jp/~yu/ticket/kamiya/kamiya.html
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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