少し指摘>lonlontimagoさん
投稿者: silverlining430 投稿日時: 2005/03/18 16:15 投稿番号: [273 / 1657]
揚げ足取り的な指摘になりますが、お気を悪くなさらないで下さい。
>最小公約数的な部分って…
という部分なのですが、普通は「最小公分母(the lowest common denominator)」といいます。国際法の生成過程で、規範の条項がどういう合意のもとにつくられたのか?つまり合意における「最小公分母」を見出すことに相当な注意が払われるため、大切な言葉ですので敢えて指摘いたしました。
国際法の生成過程において至る合意の最小公分母に注目が払われるのは、国際法秩序の特殊な構造によります。
つまり法秩序の構造というと、ハンス・ケルゼンの憲法を頂点としたヒエラルキー(階層)構造が普通想起されることになると思いますが、国際社会には、厳密な意味での憲法といえるような上位の強制法規(国連憲章が世界の憲法であるとかないとかについての論争における諸説はございますが)が存在しないため、世界各国が共有する普遍的な法規範が、所与のものとしてあるということになってはいません。
そのため、国際法の中でも、一般法規としての特性を持つとも考えられる慣習国際法や多数国間条約に見られる規範が、本当に各諸国にも共有しえるほどの一般性を持つのかどうかを判断するのに、各諸国がそうした法規範をどのような妥協を経て受け入れるに至ったのか――各諸国が許容できる「最小公分母」はどこに見出されたのか――という点が重要になります。
たとえば、ジュネーブ諸条約も、条約であるから条約の批准国に規範の適用範囲が限定されるべきだとは考えず、ジュネーブ条約は慣習法化しており、世界の全ての国々が遵守すべき規範になっていると考える論者(法的確信による一元的慣習国際法形成論の立場を取るTheodore Meron)もおり、こうした論はつまるところ、ジュネーブ諸条約は「国際社会の最小公分母的法規範」として全ての国に受け入れられるべきものとの考えにつながることにもなっております。(ライターさんのお立場もこのようなものだと考えておりますが)。
ただ、アセアンさんのBBSで触れたことでもありますが、ジュネーブ諸条約の遵守は、軍事目標主義の原則などに沿えるハイテク兵器を駆使する先進国にだけ有利な規範であり、いざ先進国と途上国が軍事的に対峙したとき、ジュネーブ条約などを遵守していると途上国が圧倒的に不利ではないか――との不満を途上国側が噴出させているのも確かです。
またテロ行為に至る者や、アフリカなどで武装闘争を行っている者などは、そもそもジュネーブ条約など目を通したこともありませんし、ジュネーブ条約などよりも重要な彼らなりの規範に従い、闘争を起こしている場合もしばしばです。
そうした状況の中では、あらゆる主体が妥協できるような最小公分母の追求にこだわりすぎるあまり、逆に国際法の実体規定が極めて脆弱なものになるということはよくありがちなことで、ここに至って、国際法などというものは法としての強制力のない実効性が欠如した単なる「実体道徳」(John Austinの言葉ですね。後にオースティンの説はH.L.A ハートにより批判されますが)だとの批判が頭をもたげてくるということになっていると思っています。
>最小公約数的な部分って…
という部分なのですが、普通は「最小公分母(the lowest common denominator)」といいます。国際法の生成過程で、規範の条項がどういう合意のもとにつくられたのか?つまり合意における「最小公分母」を見出すことに相当な注意が払われるため、大切な言葉ですので敢えて指摘いたしました。
国際法の生成過程において至る合意の最小公分母に注目が払われるのは、国際法秩序の特殊な構造によります。
つまり法秩序の構造というと、ハンス・ケルゼンの憲法を頂点としたヒエラルキー(階層)構造が普通想起されることになると思いますが、国際社会には、厳密な意味での憲法といえるような上位の強制法規(国連憲章が世界の憲法であるとかないとかについての論争における諸説はございますが)が存在しないため、世界各国が共有する普遍的な法規範が、所与のものとしてあるということになってはいません。
そのため、国際法の中でも、一般法規としての特性を持つとも考えられる慣習国際法や多数国間条約に見られる規範が、本当に各諸国にも共有しえるほどの一般性を持つのかどうかを判断するのに、各諸国がそうした法規範をどのような妥協を経て受け入れるに至ったのか――各諸国が許容できる「最小公分母」はどこに見出されたのか――という点が重要になります。
たとえば、ジュネーブ諸条約も、条約であるから条約の批准国に規範の適用範囲が限定されるべきだとは考えず、ジュネーブ条約は慣習法化しており、世界の全ての国々が遵守すべき規範になっていると考える論者(法的確信による一元的慣習国際法形成論の立場を取るTheodore Meron)もおり、こうした論はつまるところ、ジュネーブ諸条約は「国際社会の最小公分母的法規範」として全ての国に受け入れられるべきものとの考えにつながることにもなっております。(ライターさんのお立場もこのようなものだと考えておりますが)。
ただ、アセアンさんのBBSで触れたことでもありますが、ジュネーブ諸条約の遵守は、軍事目標主義の原則などに沿えるハイテク兵器を駆使する先進国にだけ有利な規範であり、いざ先進国と途上国が軍事的に対峙したとき、ジュネーブ条約などを遵守していると途上国が圧倒的に不利ではないか――との不満を途上国側が噴出させているのも確かです。
またテロ行為に至る者や、アフリカなどで武装闘争を行っている者などは、そもそもジュネーブ条約など目を通したこともありませんし、ジュネーブ条約などよりも重要な彼らなりの規範に従い、闘争を起こしている場合もしばしばです。
そうした状況の中では、あらゆる主体が妥協できるような最小公分母の追求にこだわりすぎるあまり、逆に国際法の実体規定が極めて脆弱なものになるということはよくありがちなことで、ここに至って、国際法などというものは法としての強制力のない実効性が欠如した単なる「実体道徳」(John Austinの言葉ですね。後にオースティンの説はH.L.A ハートにより批判されますが)だとの批判が頭をもたげてくるということになっていると思っています。
これは メッセージ 271 (lonlontimago さん)への返信です.
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