>>>持続可能云々と国連
投稿者: katuragi1940 投稿日時: 2005/05/25 14:01 投稿番号: [1577 / 1657]
一桁違ってましたね。前に計算したときに間違えてそのままでした。
文意は変わらないんですが一桁違うとやはり重みがありますね。
これは実例を見る可能性のある交通事故とほとんど見ることのない海外の飢餓者の差になるんでしょうか。
>で、環境と貧困を考えるときに重要なのは
「大量死とは8000人か?
500万人か?
10億人か?」
という定義の問題ではないとおもいます。
バングラデシュの成功例については素晴らしい話だとは思いますが、500万人という現状は社会的な問題なので余裕のある側の理解と共感が生かされることにつながるんだとは思います。
これが政治的なリスクによって容易に雲散霧消してしまう例が多いのが残念なんですが。
けっして即効性がないわけではない。
タイミングと必要性とノウハウの問題はあるのでしょうが。
それに対して仮に10億という大量死が発生する環境に至った場合「余裕のある側の人達と理解と共感・・・」というレベルではなくなってしまいます。
生産手段などのシステムが正常に且つ、普通に稼動していてこそ「余裕」は生まれるわけですが、その余裕が根こそぎ吹き飛ばされるとき、何が起こるでしょうか。
先進国は現状維持のためにブロック経済化などの囲い込みに走るのではないでしょうか。
そのときには容易に第3世界は切り捨てられてしまいます。
自分の足元が危ないときに「余裕」なんてないからです。
緊急避難ですから武力に対する閾値もかなり低くなるでしょう。
私が心配しているのはそういう事態であって、カタストロフィを避けるのは為政者の役目じゃないのか、舵取りは大きな目でやって欲しいということなんです。
もちろん今緊急にどうのこうのという話ではないし、目に見える緊急性としては500万人の問題のほうが大きいわけなんですが。
これは メッセージ 1574 (neo_con_spiracy さん)への返信です.
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