平和に対しての個人の役割
投稿者: pukefokey 投稿日時: 2003/03/23 08:39 投稿番号: [10 / 1657]
「人間の盾」私は本当に、迷惑で危なっかしく賛同できない。無意味だと思う。そのお金があれば、飛行機代&その他モロモロを支援に廻したらと疑う。
戦争がはじまっても、まだ反戦デモをする事も理解不能だ。
これは単に、私の目線と考え。平和を願うのであれば何か行動をし、自分に合った貢献をしていくのは価値がある事に思う。皆が一緒に同じ形での反戦を唱える必要はない。
一人の小さな行動が、色々な所で発生して結局大きな力になる。世界中の反戦派はある意味、ひとつになってる。
社会情勢を知り、国際交流を実際にしている身で世界が狭くなってきた。体験している人々は「戦争・紛争」の複雑な背景を実際に知り、直接聞いた事が多いだろう。
武力行使は最終的判断でなく、解決策がない状況でただ進める衝動で起っているだけの事だという事も。最悪の独裁者に対して、開戦の効果はないのを知りながら。暴君は下々を盾と矛にし、生き長らえる。
911では、何もしない反戦派だった。イラクの武力行使ではこれ以上アラブ諸国が混乱しない事を願い、一般市民で普通の人々の幸せを願ってやまない。
これは メッセージ 9 (pukefokey さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/a5a4a5ia5affql1ldbj_1/10.html