>ボランティアの定義
投稿者: battamother 投稿日時: 2004/06/26 02:47 投稿番号: [589 / 1062]
『ボランティアが楽しくなったら、やめなさい。自己満足だから』
予測通りこの部分が物議をかもしていますね。然りだと思います。
微妙な部分だったので、引用の際敢えてこの点に私的なコメントを入れなかった。
言葉をそのままに受け取ると、『何でボランティアが楽しくていけないの?』となって当然ですよね。ボランティアという意味もかなり広義で使用されているからね。
ここでは『楽しい』という部分にもキーがあるわけで、『人の喜びを我が喜びとする』という人類愛レベルでの喜びなのか、『良い経験ができて良かった』とする楽しさなのか、あるいは『こんな自分でも人に喜んでもらえた。(あるいは私でも人の役に立てるんだ)』といった自己発見的喜びなのか、その他いろんな意味と次元での楽しさの質があると思う。
曾野綾子氏の場合、見返りを求めることなくひたすら人に奉仕することを真のボランティアであると定義つけてのコメントなのでしょう。(特に彼女はキリスト教精神が根底にもあるし)
ボランティアという言葉のニュアンスよりは、人類奉仕という方がむしろフィットする。だからボランティアが楽しくって仕方ないといった自己満足のレベルでは、まだまだ修行が足りないと言いたいのでは?
(マザーテレサも、この意識の次元で人類奉仕を行った)
で、私自身は、ボランティアは「ルンルン」と、楽しくても大いに結構だと思っている。
但し、『人に迷惑をかけなければね。』
問題はここなのよ!
自己の楽しみ、あるいは自己発見(自分探し)の延長、あるいは『困った人達が私を待っている』的ヒーロー、ヒロイン意識でもって、状況判断を欠いた行動の末、周囲に多大なる迷惑をかけてしまった場合。それでもなお自覚無く、自己陶酔的にその自己満足を崇高なる善意と誤認している場合。これが顰蹙を買う要因であるし、バッシングの嵐を呼び込んだのだと言いたいわけ。
今回わざわざ曾野綾子氏のコメントを引用してまで、言いたかったことの本質はこれを言いたかったから。ただ、一言で語るのは難しかったので、えらい遠回りな形になってしまったわけ。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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