イラク日本人襲撃事件

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ririy_3333さんへ

投稿者: battamother 投稿日時: 2004/06/22 05:31 投稿番号: [532 / 1062]
ご覧になれなかったのことでしたので、ちょっと長いですが概要を記させて頂きます。(VTRに撮ってもいたので)
私の感想は、一言『歴史はその因縁を繰り返すものだなぁ』ということです。

2003年1月末、「アメリカのイラク攻撃避けがたし」という情報を入手したバチカンは戦争回避に向け動き出した。
急速に戦争に傾くアメリカに、バチカンは痛烈な批判を加えた。
『イラク攻撃の真実にアメリカ国民が気づくのは、親戚や友人が入った棺桶が帰っていた時だ。シゴネッラ米軍基地に死体を入れる十万枚の袋と6000の棺桶が運ばれたと聞いた』

イラクのアジズ副首相は記者会見で語った。
「キリスト教徒の国々がこの侵略戦争に参加すれば、アラブ諸国・イスラムの世界は、これを自分たちへの『十字軍』と見なすのです」

「十字軍」・・・この言葉はバチカンにとって消すことのできない歴史の記憶に触れるものだった。聖地エルサレムをイスラム教徒から奪還する為の軍事行動。11世紀後半からおよそ200年間、この地を巡り激しい戦闘が繰り返された。十字軍は、当時のローマ教皇の提唱で行われた。その為イスラム教徒に対する歯止めのない数々の残虐行為が行われた。キリスト教徒にとっては神の名における聖なる戦いも、イスラム教徒にとっては忌まわしい暴力として記憶された。
カトリックが「許しと和解」の年とした2000年3月、バチカンで特別のミサが行われた。その中でヨハネパウロ二世は、十字軍の過ちを初めて認め、許しを乞いた。神の名のおいて殺し合った”記憶の浄化”をしようとしたのだ。

ローマ教皇は動いた。平和特使としてエチガレイ枢機卿をイラクに派遣した。
エチガレイ枢機卿はフセイン大統領との対談で、アメリカのイラク攻撃が迫っていることを伝え、甘い見通しを捨て、戦争回避に努めるべきだと強く訴えた。
フセイン大統領は枢機卿の言うことを聞き入れた。
しかし、アメリカはバチカン平和特使のピオ・ラギ枢機卿に「枢機卿様、心配しないで下さい。我々は素早く、手際よくやりますから」と答え、イラク攻撃の決定を仄めかした。

開戦の4日前、ヨハネパウロ二世は世界に向けて平和を訴えた。
しかし、ローマ教皇の訴えも虚しく、2003年3月20日、米英軍によるイラク攻撃が始まった。
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