茶色の朝
投稿者: battamother 投稿日時: 2004/06/17 05:12 投稿番号: [515 / 1062]
フランスの政治を動かしたベストセラー寓話「茶色の朝」。
ひとことで言ってしまえば、全てば「茶色だらけ」になってしまう物語です。
ある国の中で、犬・猫・新聞・ラジオ・本・競馬のレース・人々の服装、政党の名前、そして「朝」までも・・・。
「茶色」以外のものは一切存在を許されなくなっていくのです。
忙しい日常の中で「まあいいか」と受け入れている人々を主人公としてる。
自衛隊派遣、政治利用され続けている北朝鮮拉致問題、不当な年金決議問題、独断の自衛隊の多国籍軍参加等々、知らず知らずの内に右傾化するこの日本社会。
猫の目のようにころころ短期間で変わった首相達への失望と政治不信もバックボーンとなってか、何をやらかしても圧倒的支持率を維持する小泉首相。(だからと言って彼以外適当な首相候補も見えてこない)
「茶色の朝」の巻末にある哲学者高橋哲哉氏のメッセージ。
『なんだかんだ言っても、私たちはまだ自由じゃないか。権力の弾圧など受けたことないし。毎日の生活でとくに不自由を感じることはない。色々な法律が国家統制を強めるとか言うけれど、いまのこの自由が近い将来なくなっていまうなど、とても想像できない』。
こんなふうに感じる人にこそ、「茶色の朝」の物語の意味を十分に考えて欲しいとおもいます。私たちが今も感じているこうした「自由」――それが、すでに相当程度「茶色」に染まった自由であり、「茶色の自由」でないと、だれが言い切れるでしょうか?
私たちがすでに「茶色に守られた自由」のなかにいて、まさにそのために自分たちが染まっている「茶色」の濃さを実感できずに、「それも悪くない」と感じているのだとしたら、どうなるのでしょう?
まさにそのために、自分たちを待ち受けている「茶色の朝」の衝撃を予感すらできなくなっているのだとしたら?
現代日本社会の状況を見る限り、近い将来、私たちが「茶色の朝」を迎えることはないと断言する自信は、残念ながら私にはありません。むしろそれは、充分ありうるシナリオのひとつだと思うのです。
「茶色」の朝を迎えたくなければ、まず最初に私たちがなすべきこと――それは何かと問われれば、『思考停止をやめることだ』と私なら答えます。なぜなら、私たち「ふつうの人々」にとっての最大の問題は、これまで十分に見てきたとおり、社会の中にファシズムや全体主義に通じる現象が現れたとき、それらに驚きや疑問や違和感を感じながらも、それらを『やり過ごしてしまう』ことにあるからです。(つまり、驚きや疑問や違和感をみずから封印し、それ以上考えないようにすること、つまりは思考を停止してしまうこと)
― やりすごさないこと、考えつづけること ―
「茶色の朝」フランク・パブロフ著(大月書店)
メッセージ:高橋哲哉
ひとことで言ってしまえば、全てば「茶色だらけ」になってしまう物語です。
ある国の中で、犬・猫・新聞・ラジオ・本・競馬のレース・人々の服装、政党の名前、そして「朝」までも・・・。
「茶色」以外のものは一切存在を許されなくなっていくのです。
忙しい日常の中で「まあいいか」と受け入れている人々を主人公としてる。
自衛隊派遣、政治利用され続けている北朝鮮拉致問題、不当な年金決議問題、独断の自衛隊の多国籍軍参加等々、知らず知らずの内に右傾化するこの日本社会。
猫の目のようにころころ短期間で変わった首相達への失望と政治不信もバックボーンとなってか、何をやらかしても圧倒的支持率を維持する小泉首相。(だからと言って彼以外適当な首相候補も見えてこない)
「茶色の朝」の巻末にある哲学者高橋哲哉氏のメッセージ。
『なんだかんだ言っても、私たちはまだ自由じゃないか。権力の弾圧など受けたことないし。毎日の生活でとくに不自由を感じることはない。色々な法律が国家統制を強めるとか言うけれど、いまのこの自由が近い将来なくなっていまうなど、とても想像できない』。
こんなふうに感じる人にこそ、「茶色の朝」の物語の意味を十分に考えて欲しいとおもいます。私たちが今も感じているこうした「自由」――それが、すでに相当程度「茶色」に染まった自由であり、「茶色の自由」でないと、だれが言い切れるでしょうか?
私たちがすでに「茶色に守られた自由」のなかにいて、まさにそのために自分たちが染まっている「茶色」の濃さを実感できずに、「それも悪くない」と感じているのだとしたら、どうなるのでしょう?
まさにそのために、自分たちを待ち受けている「茶色の朝」の衝撃を予感すらできなくなっているのだとしたら?
現代日本社会の状況を見る限り、近い将来、私たちが「茶色の朝」を迎えることはないと断言する自信は、残念ながら私にはありません。むしろそれは、充分ありうるシナリオのひとつだと思うのです。
「茶色」の朝を迎えたくなければ、まず最初に私たちがなすべきこと――それは何かと問われれば、『思考停止をやめることだ』と私なら答えます。なぜなら、私たち「ふつうの人々」にとっての最大の問題は、これまで十分に見てきたとおり、社会の中にファシズムや全体主義に通じる現象が現れたとき、それらに驚きや疑問や違和感を感じながらも、それらを『やり過ごしてしまう』ことにあるからです。(つまり、驚きや疑問や違和感をみずから封印し、それ以上考えないようにすること、つまりは思考を停止してしまうこと)
― やりすごさないこと、考えつづけること ―
「茶色の朝」フランク・パブロフ著(大月書店)
メッセージ:高橋哲哉
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/a5a4a5ia5afffckdcbfmbd17bbbv7o_1/515.html