>お〜い、戻ってこ〜い
投稿者: welcome2thecivilization 投稿日時: 2004/11/25 00:25 投稿番号: [2899 / 5091]
>それから問題の「嗣業の土地」ですがこっちの資料には創世記〜のとなり思いっきり印刷されていたりします。
しょうがねぇなー(笑)。ま、アメリカ人は聖書なんて、特に旧約はまるで読んでない人が殆どだからねえ。そのくせ狂信的(つまり教会で聞いた話のウノミ)だったりするんだな、これが。で、共和党に投票するんだよね。そんな読者層が相手だろうからね、そのテの本は。
>五書とヨシュア記に関しましては書かれた時期が話の内容とは違い、創世記に関しては一番最後に書かれたものではないか、との見方から成り立っているようです。土地授与の儀式(予言)の後、モーセが死に(ここの所のタイムラグが???)、後継者ヨシュアが約束の地カナンを占領した後にできたのが嗣業の地で、創世記が最後に書かれたのであれば土地授与の儀式が示すのはその場であったであろうと言う事のようです。
何しろ「嗣業の地」の分配はモーセが死んだ後の話だもんね。五書を書いたのが全部モーセだとしたら、明らかに霊感によって書かれたのに違いない。もっとも「トーラー(五書=ペンタチューク)を書いたのはモーセじゃない」なんて敬虔なユダヤ人に言ったらマジで殺されかねないが。
旧約の他の部分に関しても、士師記とサミュエル記、列王記と歴代誌で同じ出来事の順番が違っていたり、同じ出来事の描写が食い違っていたりするし(逆にそれが聖書考古学の手がかりにもなる)、問題のカナン征服もヨシュア記では散々戦ってようやく勝ち取ったはずなのに、その前の民数記&申命記ではアッサリ取り決められてるし(笑)。普通に考えればヨシュア記のいうような血湧き肉躍る戦闘の末の征服を経てから割り当てられ、という方が自然だよね。そうすると申命記29章〜の嗣業の地の描写はその後のアリバイ工作ということになるのかな(霊感で書かれてなければ)。無理に解釈すれば、あらかじめ(後に征服が成功することも定められていて)場所を取り決めてから角笛を吹いた……ということになるか。
「このように、吾が口から出る言葉も、虚しくわたしに返らない。わたしの喜ぶところのことを為し、わたしが命じ送った事を果たす。」──イザヤ55-11
とあるように。
これは メッセージ 2884 (srpwx046 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/a5a4a5ia5afc0oah_1/2899.html