イラク戦争

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平和愛好家…(その3)

投稿者: battamother 投稿日時: 2004/05/16 13:48 投稿番号: [1200 / 5091]
●歴史の逆説―平和主義者がいると戦争が始まる
隣国と仲が悪くなって揉め事が起こっても、すべて話し合いで解決すべきだし、解決できると思っている人達がいる。「パシフィスト」といわれる平和主義者である。日本には、パシフィストが大勢いる。
「戦争について考えるから戦争が起きてしまう。考えないでいれば戦争は起こらない。武器を持っているから使いたくなる。持たなければいい。軍隊があるから戦争が起こる、だから軍隊を保有してはいけない」というのがパシフィストの主張である。
旧日本社会党の年来の主張はまさにこれで、実に立派なものである。ところが、侵略の脅威が現実に迫ると―それから与党になると―突然、自衛隊は合憲で必要だ、に変わった。
歴史を調べてみると、パシフィストがいると、むしろ戦争が起こっている。絶対に一歩も引かない、必ず戦う、と両方が思っている時はなかなか戦争にはならない。
これは実例がいくらもある。たとえば冷戦がいちばん分かりやすい。いつかはやるぞと思われていたが、米ソはとうとう衝突しなかった。キューバ危機が、戦争にならず「危機」の終わったのは、米ソが疥癬覚悟で激しく対立していたからである。逆に、平和を信じている時の方が戦争が起こりやすい。
大東亜戦争で言えば、昭和16年12月6日、開戦前夜のワシントンでは、誰もが戦争にならないと信じていた。日本がアメリカに戦争を仕掛けるなど、そんな馬鹿なことはないと全員が思っていた。(中略)戦争を始めたらどうなるのかという研究が不足していた。日本は何も分からず、「ナントカナルサ」で開戦したのである。それくらい日本人は平和国民だった。
最近の例で言うと、宗教法人がまさかサリンをつくるとは誰も考えていなかった。自動小銃も量産の一歩手前であったとは、まさに寝耳に水であった。宗教団体は人殺しをしないと、油断していたから大事件に発展する。(略)それが無法者の大頭を許した。平和愛好かが「戦争屋」を育成するのである。
●平和な時が、いちばん危ない―第一次大戦の教訓
第一次大戦は、オーストリアの皇太子を暗殺した“セルビアの一弾”で始まったといわれているが、その時はその一弾で終わりだとみんな思っていた。「こんな平和な時に、なんで戦争が始まるんだ。心配はいらないよ」と、みんなダンスパーティーをしていた。オーストリア皇太子を撃ったセルビア人の青年が、セルビア政府の指示で動いたという証拠はどこにもなかったからである。
緊張は何でもなかったが、ちょっと脅してやろうと思ってオーストリアは一ヶ月後にセルビアに最後通牒を題した。最後通牒は、これから戦争を始めるという宣言ではない。
もちろん、オーストリアには、最後通牒が受け入れられなければ戦争をする覚悟はあった。しかし、実力が段違いだから相手は折れるだろうし、折れなくても局地的な紛争で終わると思っていた。
ところが、それを見たロシアが、オーストリアの勝手にはさせないということで、動員令を発令した。それを見て警戒したドイツやフランスも動員令をかけたものだから、みるみるうちに軍隊が集まってきて、俺も俺もという具合で戦争になってしまった。しかし、ロシアやドイツ、フランスは、まさか押収で大戦争が勃発するわけがないと思って動員令を出したのである。…(他にも史実的例を列記)
このように、平和に浸っている時のほうが事件が起きやすい。それは油断しているからだ。平和主義者が両方にいるほうが危ない。両方本気の方が喧嘩にならない。
何でもない小火が大火事になるのは、真実を知らなくて妄説が飛び交うからだ。妄説が飛び交うと、的がやるならこっtも早くよろうとなる。なにしろ、その時は妄説だと分からないのである。敵を過小評価したり過大評価したりして、大事件になる。
人間の前頭葉はまだ不完全だから、妄説は決してなくならない。
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