イラク戦争

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バース党政権について(その2)

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/05/16 03:26 投稿番号: [1171 / 5091]
  1980年から1988年のイラン・イラク戦争の途中から、
イランのシーア派革命に対して、反イランという共通の思惑から、湾岸産油国は
フセインに財政援助を行い、フセインは、そのオイルマネーで、仏露中から兵器
を購入しました。

  もちろん、フセインにも独自利害がありました。
・イラク内にはシーア派の方が多数派で、イランのシーア派革命の影響を最も
  受けるのは、実は他ならないイラクそのものでした。
・また、アラブの盟主を標榜するフセインの躍進の場として活用しようとしました。

  ということで、
・イラク
・湾岸産油国
・アメリカ
・ソ連
・西欧

  その全てが、それぞれの利害から、反イランの一致点の下、一丸となって
  イラクを支援しました。

  アメリカは終盤になってやっと登場し、衛星情報を与えました。
特に最終局面の88年7月、米艦がイランのエアバスを撃墜し、ホメイニーは、
「毒を飲むより辛い」と述べ、停戦を受け入れました。

  こうして、イラン・イラク戦争はやっと終了しました。
  湾岸諸国・欧米・ソ連・中国、まるで、ほぼ全世界が、反イランの旗の下に
フセインを支えてきました。
しかし、残ったのは、軍事大国イラクだったという訳です。

  で、1990年のイラク軍によるクウェート侵略が起こります。

  91年の湾岸戦争後、国連は、イラクに経済制裁を行います。

  しかし、その経済制裁下での「オイル・フォー・フード」が皮肉にも、
  フセインをその窮地から救い、イラク史上最強の独裁政権を創り出したのです。
  そういう逆説的な意味では、アメリカをはじめとした国際社会がフセインを
育てたとも言えるとは思います。

「湾岸戦争後の経済制裁によって、高福祉産油国という「パトロン関係」の維持
  が困難となり、フセインの独裁構造が崩壊し、中間層が消滅。
  他方、地方部族は農業を経済基盤としていたため、制裁下の食糧不足に乗じて
  、勢力を強める。フセインは部族に一定の地方自治を認めざるをえなかった。
  96年からの「オイル・フォー・フード」がフセインを生き返らせた。
  食糧配給システムを握ったフセインは、歴代のイラク政権が成し遂げることが
  できなかった地方部族勢力を封じ込める。
  また、人道物資の輸入先決定権を得たフセインは海外政府や企業とも政治的裏
  取引を再開。私腹も肥やす。
  こうして、フセイン政権は国内で唯一の『持てる者』になった。
(「イラク戦争と自衛隊派遣」森本敏編(東洋経済)2100円)

「イラクを監視下に置くためのはずの制裁が、全国民を屈服させてしまったんだ
  から。制裁措置は、イラク国民を現政権の人質にしてしまった」
「その制裁が、イラクの兵器削減にどこまで影響を与えられたか、だれか教えて
  くれないか?」
「食糧のための石油輸出計画?   武器に厳しく、人道援助には優しいだって?
  少しは学べよ。その食糧を国民に渡す仕事を、いったいだれが請け負っている
  と思ってるんだ?」
(「サラーム・パックス:バグダッドからの日記」ソニー・マガジンズ・1600円+税)
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