私も全く同感です。
投稿者: keitama_ac2002 投稿日時: 2004/05/28 21:15 投稿番号: [1988 / 2331]
”目には目を、歯には歯を”。
これは大昔に悪事を働いた者に報いる為に教えられた極めて公平な論理だと思う。私も子供が理由もなく殺されれば、その犯人も同じ目にあってほしいと思う。
その犯人もむしゃくしゃしていたのだろう、なんて寛大にはなれる訳がない。
この心は仏教徒である日本人も同じで、裁判では殺された肉親は大方のケース、凶悪な被告に大して極刑を望みます。要するに宗教関係なく、"人間のサガ”だ。
問題は宗教としてこの教えが伝導された為に民族及び国家紛争を解決する為の道具として一部の人間が教義を過剰解釈し、罪もない人達を同民族というだけでテロという手段に訴えてしまった。
十字軍の遠征で、この教義が加速的に民族間紛争に使われてしまうようになった。当時のキリスト教徒が大暴れしてしまった為に。
本来は悪事を働いた個人に対して報復するもの。
しかし、現在のイスラム教国の大半は第二次世界大戦終了後、大国(キリスト教の先進国)の利権目的で勝手に国境を設定され、勝手に占領され、利権を独占され、一方でそのような大国主義に対抗する手段がない、またその大国利権主義を牽制する世界的機能もない為に、自分達の利権や国を守るため、一部の過激なイスラム教徒が世界に訴える為に、残念ながらあちこちでテロをおこし、罪もない一般人を殺し、国際社会に訴えようとしています。確かにテロリストの手段は過激で到底許されるものでない。
しかし、何故彼らがそのように走ってしまうのか、その考察については、オウム教の麻原の弁護士になるとまでは行かないまでも、全く価値がないと言うことはないと思う。
このような事を何も考えることなく、単にイスラム教は危険だ、日本から排除しろ、世の中の敵だ、と訴える事は、その当人がよほど日本という島国の中で食べるものに困らず平和ボケしているのか、或いは歴史に無知なのか、或いはただのアホなのか、そうとしか思えない。
言える事は、落合信彦も言っているように、言葉や宗教や環境や文化は違っても地球上の全人間に共通するのは”愛”だ。
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