自己責任の位置づけ
投稿者: takimota2002 投稿日時: 2004/04/18 01:30 投稿番号: [87380 / 280993]
自己責任と言うとき、もちろん、法的責任はないと思います。
政治責任とでもいうべきものかと。政治家でなくとも、かようなことを、かような時期にするためにイラクにいくとき、政治責任は、誰でもありえると。
今回、退避勧告が何度も出ている状況、ファルージャの状況、それにもかかわらず自動車でバクダッドに向かった責任は、確かにあると。
政治責任は、結果責任であって、本人の過失があるかどうかはもともと関係がありませんが、本件は、本人に上記のとおり責められるべき所があります。18歳の子については親にもあると、私は思う。
3人を英雄姿しようとするような動きがあるのかどうか分かりませんが、もしあるならば、この政治責任をまったく理解していない、と思う。上記のことは十分に総括しないとならないものと思います。
その点を誤解して、自らを総括しないで政府の責任ばかりを言っていると、国民から見放されるだけだろう、と思います。
それと、国家が国民を守る義務があること、それを尽くしていなければ批判されるべきことは別のこと。だから、金銭請求などするは、ごく一部であっても、まったく国家としての恥です。そんなことを考える政府や政治家の一部は、国家としての役目を自覚していないと。まあ、自分たちのミス−自衛隊の派兵という選択が間違いであること−から、国民の目をそらす目的も大きい、と思います。
(なお、山での遭難については警察官や消防署員など公務員が動くだけの時は、まったく費用がかかりません。消防団と言う地元の人が動くときなどにかかるものと記憶します、日当が1人3−5万円くらいだったのでは?)
また、自衛隊を撤兵させるべきなのは、また明確になったことでもある、と。
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2人も解放されて良かった、良かった。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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