正義感
投稿者: maygodbless_all 投稿日時: 2004/04/16 10:24 投稿番号: [69384 / 280993]
少なくとも今回拉致された人たちは「無力で困った」人々をなんとか助けたいと「実際に」行動を起こした人達なわけです。
川で溺れている子供がいて、とっさに飛び込んで助けようとした人がいた。でも助けきれなくて一緒になって溺れてしまった。そんな時、それを目撃した人はどうするでしょう。なんとか2人ともまとめて助けようとするでしょう。自己責任で飛び込んだんだから、仕方がないよ。税金の無駄遣いだから国のお金で助けるなんてまっぴらだ。泳げもしないくせに飛び込んでバカだ。ひとりよがりな正義感で動いたせいで騒ぎが余計の大きくなった。本当に迷惑だ。そんなこと言う人、私は少なくともおつきあいしたくないですね。
今回拉致された人たちは、自衛隊がやっていない種類の救助活動をなんとか自分でやりたい、そう思って飛び込んだ善意の人たちです。安全な場所から、ああだこうだ誹謗中傷する人達って、一体何様なの?って思ってしまいますね。
自己責任自己責任って、バカの一つ覚えみたいに唱えている人がいますが、人間生きていれば助けもすれば助けられもするわけです。自己責任という概念の中だけで暮らしている人なんて今まで一人も見たことないですよ。「自分が悪かったんだけど、そんな自分を助けてくれた人がいた」、そんな経験を一度もしたことのない人間って実際いるんでしょうか。もしもいるとしたら、なんて淋しい人生だろうと思います。
どんな小さなことでもいい、誰かに助けられた経験ってあるでしょう?朝寝坊した、慌てて駅まで走った。階段をかけ登っていると電車の扉が閉まりかけていた。諦めきれなくて必死にかけ登る。車掌さんと目があった。すると一度閉まったドアが開いた。あぁ助かった。車掌さんありがとう。そんなレベルです。定時に出発しないと秩序が乱れるから、とドアを開けてくれない車掌さんもいる。でも開けてくれる車掌さんもいる。
私は、ドアを開けない車掌さんを責めるつもりはありません。きちんと仕事しているわけですから。でも、そこをあえて開けてあげる車掌さんには優しさを感じます。余裕っていうのでしょうか、人としての幅を感じます。
以前、間違えて快速に乗っちゃった受験生のために、車掌さんが急きょ、その受験生が降りるはずだった駅に電車を停車させたことがありましたよね。あのニュースを見た時、あぁ日本も捨てたもんじゃないなぁって思いました。心が温かくなりました。あの時、あの電車に乗っていた乗客の中には、ものすごく急いでいた人もいたはずです。でも、受験に間に合わない子供を助けた。素晴らしいじゃないですか。
自己責任がどうのって、それこそ聞き飽きました。今回拉致された人々は、「おもしろそうだから」と台風の日に川に遊びに行った人間ではなく、目の前で溺れそうになっている子供を助けたいと飛び込んだ人たちなんです。全然状況が違うじゃないですか。
もちろん、家族の方々の露骨な政府批判は正直見苦しかった。助けてくれてありがとうではなくて、どうして助けてくれないんだ。受験に遅れてしまうじゃないか。快速だろうとなんだろうと、私の子供の降りるべき駅で特別にとまってくれ!って親が言うようなものですから。でも命がかかっていたらどうでしょう。半狂乱で電車をとめてくれっていう人がいても、責めますか?確かにみっともないかもしれない。お門違いかもしれない。でも私だったら責めはしないですよ。評価はしませんが、責めはしない。明日自分が同じ立場に立てば同じことをしているかもしれないからです。
川で溺れている子供がいて、とっさに飛び込んで助けようとした人がいた。でも助けきれなくて一緒になって溺れてしまった。そんな時、それを目撃した人はどうするでしょう。なんとか2人ともまとめて助けようとするでしょう。自己責任で飛び込んだんだから、仕方がないよ。税金の無駄遣いだから国のお金で助けるなんてまっぴらだ。泳げもしないくせに飛び込んでバカだ。ひとりよがりな正義感で動いたせいで騒ぎが余計の大きくなった。本当に迷惑だ。そんなこと言う人、私は少なくともおつきあいしたくないですね。
今回拉致された人たちは、自衛隊がやっていない種類の救助活動をなんとか自分でやりたい、そう思って飛び込んだ善意の人たちです。安全な場所から、ああだこうだ誹謗中傷する人達って、一体何様なの?って思ってしまいますね。
自己責任自己責任って、バカの一つ覚えみたいに唱えている人がいますが、人間生きていれば助けもすれば助けられもするわけです。自己責任という概念の中だけで暮らしている人なんて今まで一人も見たことないですよ。「自分が悪かったんだけど、そんな自分を助けてくれた人がいた」、そんな経験を一度もしたことのない人間って実際いるんでしょうか。もしもいるとしたら、なんて淋しい人生だろうと思います。
どんな小さなことでもいい、誰かに助けられた経験ってあるでしょう?朝寝坊した、慌てて駅まで走った。階段をかけ登っていると電車の扉が閉まりかけていた。諦めきれなくて必死にかけ登る。車掌さんと目があった。すると一度閉まったドアが開いた。あぁ助かった。車掌さんありがとう。そんなレベルです。定時に出発しないと秩序が乱れるから、とドアを開けてくれない車掌さんもいる。でも開けてくれる車掌さんもいる。
私は、ドアを開けない車掌さんを責めるつもりはありません。きちんと仕事しているわけですから。でも、そこをあえて開けてあげる車掌さんには優しさを感じます。余裕っていうのでしょうか、人としての幅を感じます。
以前、間違えて快速に乗っちゃった受験生のために、車掌さんが急きょ、その受験生が降りるはずだった駅に電車を停車させたことがありましたよね。あのニュースを見た時、あぁ日本も捨てたもんじゃないなぁって思いました。心が温かくなりました。あの時、あの電車に乗っていた乗客の中には、ものすごく急いでいた人もいたはずです。でも、受験に間に合わない子供を助けた。素晴らしいじゃないですか。
自己責任がどうのって、それこそ聞き飽きました。今回拉致された人々は、「おもしろそうだから」と台風の日に川に遊びに行った人間ではなく、目の前で溺れそうになっている子供を助けたいと飛び込んだ人たちなんです。全然状況が違うじゃないですか。
もちろん、家族の方々の露骨な政府批判は正直見苦しかった。助けてくれてありがとうではなくて、どうして助けてくれないんだ。受験に遅れてしまうじゃないか。快速だろうとなんだろうと、私の子供の降りるべき駅で特別にとまってくれ!って親が言うようなものですから。でも命がかかっていたらどうでしょう。半狂乱で電車をとめてくれっていう人がいても、責めますか?確かにみっともないかもしれない。お門違いかもしれない。でも私だったら責めはしないですよ。評価はしませんが、責めはしない。明日自分が同じ立場に立てば同じことをしているかもしれないからです。
これは メッセージ 69003 (mikataro12 さん)への返信です.
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