死刑判決を下す「自己責任」論者
投稿者: s_booker_o 投稿日時: 2004/04/15 04:13 投稿番号: [57768 / 280993]
イラク人質事件:
「自己責任」を問う声は、かれらに死刑判決を下そうとしている
自己責任とは、みずからの意志と決定に基づいてなした行為の結果について責
任を負うべきことをいう。イラクでの人質事件に関して言えば、外務省の退避
勧告を無視してイラクに入った人々は、その結果について責任を負うべきだと
いうことになる。そのため或る人々は、現在のイラクが危険であり、命の危険
があると分かっていてあえて入国したのだから、人質となり実際に危険にさら
されている結果についても自己の責任だと言うのである。
たしかにかれらは、自分の行為について実際の責任をとることになるかもしれ
ない。危険なイラクに向ったという行為によって、焼き殺されるという結果が
目前に迫っている。
しかしこのことについて、他の人間がかれらにその責任をとることを要求して
いるのが、いま「自己責任」を問う人々のやっていることである。自分が自己
責任を自覚することと、他人がその自己責任を問うことは、全く別のことであ
る。他人が誰かに自己責任をとることを要求するとき、かれは裁判官としてふ
るまっている。今回の場合ならば、「自己責任」を問うている人々は、高遠さ
ん、郡山さん、今井さんにたいして、死刑判決を下そうとしているのである。
勧告を無視してイラクに入国したということに対して、〈死〉をもって報いよ
うとするこうしたやり方は、果たして正当なのか?
救助のためにあらゆる手
をつくさなくとも、死をもたらすのが自分ではないという理由で正当化される
のか?
また、問題の次元が違うという理由で自衛隊撤退を「断固とした態度
で」拒否し、その決定が直接に人質の殺害に繋がったとしても、決定した人々
は、人質の死について責任がないのだろうか?
「自己責任」を問う声を発する人々は、かれらに対して裁判官として死刑判決
を下す発言をするという行為によって、こんどは自分たちが、その判決を下し
たということの自己責任を負うことになるのである。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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