埼玉県出身のライター、安田純平
投稿者: tamasii_no_kuusai 投稿日時: 2004/04/15 02:47 投稿番号: [57437 / 280993]
人間の盾、日本人5人「爆撃あってもイラクに残る」
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日本大使館員が退去したバグダッドで、女性1人を含む日本人9人が「人間の盾」運動を進めるグループ「ヒューマン・シールド」に登録し、現地にとどまっている。大使館員は危険を訴え、国外退避の説得を重ねていたが、うち5人は7日夜の時点で、朝日新聞の電話取材などに「爆撃があってもイラクに残る」と話している。
ヒューマン・シールドは欧米の平和活動家が中心で2月下旬に約300人いたが、現在、三十数カ国の約150人。3日から発電所や石油精製所、食糧倉庫など6カ所で寝泊まりしている。イラク側は送迎や宿泊、食事の面倒をみている。
イラクの受け入れ団体のハシミ代表は今月初め、郊外の施設を含む六十数カ所を示し、「強要はしないが、『盾』として入る施設を一両日中に決めてほしい」と話した。シールド側は「病院や学校にも入りたい」と希望したが、受け入れられなかった。6、7日にかけて双方で新たな意見対立があり、帰国するメンバーが出ている。
日本大使館員は日本人一人ひとりと面会し、「有事には自由を奪われ、外部と連絡できなくなるおそれがある」と説得。7日、一緒に退去しようと呼びかけたが、応じる人はいなかった。
滋賀県出身のダンサー村岸由季子さん(31)は市内の浄水場にいる。6日夜、会議のため訪れたホテルで大使館員に退避を求められたが、振り切って浄水場へ戻った。
「逃げられないイラクの人を見捨てられない。戦争をなくす世界をつくるため、全人生をかけて残る。批判は承知のうえです」という。
埼玉県出身のライター、安田純平さん(28)から6日、東京の知人に届いた電子メールには「空爆が起きても残りたい」と記されていた。ほかに、フリージャーナリストらもシールドに登録して残留を希望する。
神奈川県出身の派遣会社員の神崎雅明さん(23)は7日夜の国際電話で「イラクを知り、日本に伝えるために来た。戦争を止めるまでの盾なので、危険を感じればすぐ脱出する」と話した。
村岸さんらとともに2月後半、現地を訪れた市民団体「アラブイスラーム文化協会」代表の高橋千代さん(62)は「イラク側は『盾はゲストで、攻撃が始まれば国外へ出す』と約束してくれている」という。
一方、アンマンでイラク入国ビザを申請していた元高校教師(34)は「自分を含む日本人5人にビザが出た。私は8日朝に車で国境に向かう」と国際電話で語った。
◇
名古屋市昭和区の弁護士小野万里子さん(49)は2月、東京の市民団体が募った「イラク市民国際調査団」に参加し、イラクを10日間訪れた。同行した28人のうち数人が「平和の盾になる」と、とどまった。
イラクでは戦争の影は感じられなかった、という。街には物があふれ、日常生活が続いていた。市民は笑顔で歓迎してくれた。
しかし帰国後、米国の強硬姿勢は強まった。小野さんは「『盾』になった日本人の上にも爆弾が落とされるのでは」と心配を募らせる。
「asahi.com」 2003年3月8日
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日本大使館員が退去したバグダッドで、女性1人を含む日本人9人が「人間の盾」運動を進めるグループ「ヒューマン・シールド」に登録し、現地にとどまっている。大使館員は危険を訴え、国外退避の説得を重ねていたが、うち5人は7日夜の時点で、朝日新聞の電話取材などに「爆撃があってもイラクに残る」と話している。
ヒューマン・シールドは欧米の平和活動家が中心で2月下旬に約300人いたが、現在、三十数カ国の約150人。3日から発電所や石油精製所、食糧倉庫など6カ所で寝泊まりしている。イラク側は送迎や宿泊、食事の面倒をみている。
イラクの受け入れ団体のハシミ代表は今月初め、郊外の施設を含む六十数カ所を示し、「強要はしないが、『盾』として入る施設を一両日中に決めてほしい」と話した。シールド側は「病院や学校にも入りたい」と希望したが、受け入れられなかった。6、7日にかけて双方で新たな意見対立があり、帰国するメンバーが出ている。
日本大使館員は日本人一人ひとりと面会し、「有事には自由を奪われ、外部と連絡できなくなるおそれがある」と説得。7日、一緒に退去しようと呼びかけたが、応じる人はいなかった。
滋賀県出身のダンサー村岸由季子さん(31)は市内の浄水場にいる。6日夜、会議のため訪れたホテルで大使館員に退避を求められたが、振り切って浄水場へ戻った。
「逃げられないイラクの人を見捨てられない。戦争をなくす世界をつくるため、全人生をかけて残る。批判は承知のうえです」という。
埼玉県出身のライター、安田純平さん(28)から6日、東京の知人に届いた電子メールには「空爆が起きても残りたい」と記されていた。ほかに、フリージャーナリストらもシールドに登録して残留を希望する。
神奈川県出身の派遣会社員の神崎雅明さん(23)は7日夜の国際電話で「イラクを知り、日本に伝えるために来た。戦争を止めるまでの盾なので、危険を感じればすぐ脱出する」と話した。
村岸さんらとともに2月後半、現地を訪れた市民団体「アラブイスラーム文化協会」代表の高橋千代さん(62)は「イラク側は『盾はゲストで、攻撃が始まれば国外へ出す』と約束してくれている」という。
一方、アンマンでイラク入国ビザを申請していた元高校教師(34)は「自分を含む日本人5人にビザが出た。私は8日朝に車で国境に向かう」と国際電話で語った。
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名古屋市昭和区の弁護士小野万里子さん(49)は2月、東京の市民団体が募った「イラク市民国際調査団」に参加し、イラクを10日間訪れた。同行した28人のうち数人が「平和の盾になる」と、とどまった。
イラクでは戦争の影は感じられなかった、という。街には物があふれ、日常生活が続いていた。市民は笑顔で歓迎してくれた。
しかし帰国後、米国の強硬姿勢は強まった。小野さんは「『盾』になった日本人の上にも爆弾が落とされるのでは」と心配を募らせる。
「asahi.com」 2003年3月8日
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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