西村真吾メルマガより2
投稿者: vicks2004jp 投稿日時: 2004/04/14 21:44 投稿番号: [55121 / 280993]
3、さて、以上の国内における「反戦運動」は、次の効果をもたらす。
結論・・・「犯人は,人質を解放しない」
理由・・・人質事件が発覚してからの日本国内における「自衛隊撤退」の声の高まりは、犯人をして人質の拘束を続ければ続けるほど、日本国内における「自衛隊撤退」の圧力が高まり、つまり、「犯人支援の運動!」が高まり、ついには,犯人の要求貫徹と日米亀裂にもっていけるとの判断に至らせるからである。
4、人命尊重を理由として、素朴に「自衛隊撤退」という運動に参加し共感することが、かえって、人質の苦しみを長期化させ命を危険に曝す結果をもたらしかねないということ、このパラドックスを理解することが,政治を理解することである。
さらにまた、我が国において真の民主主義政治を成熟させる大道である。
しかし,許せないのは、イラクの犯人と同じ政治目的を達成するために、人命尊重という人道主義の看板を掲げて、その看板に素朴に吸い寄せられる人々を利用する日本国内の「運動家」と「組織」である。
この運動家達にとっては、人命は政治目的を達成するための道具であって、はじめからどうでもよいのである。
結局、この種の運動家に躍らされない真の人道主義を実現する術を知る国民が育って,はじめて民主政治は真に機能するのであろう。
5、政治において「人道主義」を実現するとはどういうことなのか?
この究極の問題に関しても、今回の事件は決断を強いている。
政治において「人道主義」を実現するということは、現在の悲劇を防止するとともに、同時に将来の悲劇をも防ぐ体制を構築することである。決していずれか片方に偏してはいけないのだ。
この課題が,テロリストに対処する政府責任者に付きつけられる難問なのだ。しかし、考えてみれば、例えば産科学においても、胎児の命と母体の命のどちらを優先するのかという緊急課題は常に付きつけられる。
したがって,私は、現在までの小泉内閣の方針を支持する。
また、小泉総理は、今の時点では、あの「家族」には会わないという方針であるが、これも妥当である。
総理大臣は,全てを投げ打って「家族の論理」、「家族の要求」だけで行動することができないのだから・・・。
6、犯人の声明文を読んで、連想することは、かつての日本人に効果のあった、中国共産党の対日声明やアメリカ軍を中心とする占領軍の対日声明である。
即ち,「日本の国民は、我々の味方であるが、日本の政府は帝国主義であり敵である」または、「日本国民は、日本帝国陸軍の被害者であり,我々は日本国民の味方であり解放者である」という声明である。
六十年近く前から,日本人は,この声明パターンに嵌ったままの部分がある。
このたびの犯人の声明は、二つとも、以上の声明と同じ論理構造で書かれている。
したがってこの犯行声明は,二つとも,日本人が書いたのか、日本人のアドバイスでイラク人が書いたのか、と私が疑っている理由がここにある。
そして,驚くべきことに、日本国内では「悪いのは、イラクの犯人ではなく、イラクに兵を送っている日本政府なのだ」と思い込ませる運動が繰返されているということだ。
今議員会館にいる私の耳に届く自衛隊撤退を要求するマイクも、犯人を一言も非難せずに、ただ、日本政府への非難を延々と続けている。これも、かつて中国やアメリカ軍の宣伝に躍ったときと同じである。
この状態が進めば、仮に,人質の一人が殺された場合には、殺した犯人は悪くないのであるから、「殺したのは,日本政府だ」というプロパガンダで、この運動はまた続けられるであろう。
かつて、「アメリカ帝国主義は、日中両国人民共通の敵」との声明を北京で出した社会党委員長がいて、愚劣な声明の最たるものとして歴史に残っているが、
果たして現在も、
イラクと日本の、両国人民の共通の敵はアメリカであるという論理構造で、「救出運動」をしている日本人(国会議員も含む)がでてきたということである。
しかし、明確なことは、
敵はテロリストである。憎むべきはテロリストである。戦う相手はテロリストである。
よって、テロリストの要求を受け入れてはならない、
テロリストと妥協してはならない。
この鉄則を堅持することが、現在及び将来の国民の命を守る道である。
結論・・・「犯人は,人質を解放しない」
理由・・・人質事件が発覚してからの日本国内における「自衛隊撤退」の声の高まりは、犯人をして人質の拘束を続ければ続けるほど、日本国内における「自衛隊撤退」の圧力が高まり、つまり、「犯人支援の運動!」が高まり、ついには,犯人の要求貫徹と日米亀裂にもっていけるとの判断に至らせるからである。
4、人命尊重を理由として、素朴に「自衛隊撤退」という運動に参加し共感することが、かえって、人質の苦しみを長期化させ命を危険に曝す結果をもたらしかねないということ、このパラドックスを理解することが,政治を理解することである。
さらにまた、我が国において真の民主主義政治を成熟させる大道である。
しかし,許せないのは、イラクの犯人と同じ政治目的を達成するために、人命尊重という人道主義の看板を掲げて、その看板に素朴に吸い寄せられる人々を利用する日本国内の「運動家」と「組織」である。
この運動家達にとっては、人命は政治目的を達成するための道具であって、はじめからどうでもよいのである。
結局、この種の運動家に躍らされない真の人道主義を実現する術を知る国民が育って,はじめて民主政治は真に機能するのであろう。
5、政治において「人道主義」を実現するとはどういうことなのか?
この究極の問題に関しても、今回の事件は決断を強いている。
政治において「人道主義」を実現するということは、現在の悲劇を防止するとともに、同時に将来の悲劇をも防ぐ体制を構築することである。決していずれか片方に偏してはいけないのだ。
この課題が,テロリストに対処する政府責任者に付きつけられる難問なのだ。しかし、考えてみれば、例えば産科学においても、胎児の命と母体の命のどちらを優先するのかという緊急課題は常に付きつけられる。
したがって,私は、現在までの小泉内閣の方針を支持する。
また、小泉総理は、今の時点では、あの「家族」には会わないという方針であるが、これも妥当である。
総理大臣は,全てを投げ打って「家族の論理」、「家族の要求」だけで行動することができないのだから・・・。
6、犯人の声明文を読んで、連想することは、かつての日本人に効果のあった、中国共産党の対日声明やアメリカ軍を中心とする占領軍の対日声明である。
即ち,「日本の国民は、我々の味方であるが、日本の政府は帝国主義であり敵である」または、「日本国民は、日本帝国陸軍の被害者であり,我々は日本国民の味方であり解放者である」という声明である。
六十年近く前から,日本人は,この声明パターンに嵌ったままの部分がある。
このたびの犯人の声明は、二つとも、以上の声明と同じ論理構造で書かれている。
したがってこの犯行声明は,二つとも,日本人が書いたのか、日本人のアドバイスでイラク人が書いたのか、と私が疑っている理由がここにある。
そして,驚くべきことに、日本国内では「悪いのは、イラクの犯人ではなく、イラクに兵を送っている日本政府なのだ」と思い込ませる運動が繰返されているということだ。
今議員会館にいる私の耳に届く自衛隊撤退を要求するマイクも、犯人を一言も非難せずに、ただ、日本政府への非難を延々と続けている。これも、かつて中国やアメリカ軍の宣伝に躍ったときと同じである。
この状態が進めば、仮に,人質の一人が殺された場合には、殺した犯人は悪くないのであるから、「殺したのは,日本政府だ」というプロパガンダで、この運動はまた続けられるであろう。
かつて、「アメリカ帝国主義は、日中両国人民共通の敵」との声明を北京で出した社会党委員長がいて、愚劣な声明の最たるものとして歴史に残っているが、
果たして現在も、
イラクと日本の、両国人民の共通の敵はアメリカであるという論理構造で、「救出運動」をしている日本人(国会議員も含む)がでてきたということである。
しかし、明確なことは、
敵はテロリストである。憎むべきはテロリストである。戦う相手はテロリストである。
よって、テロリストの要求を受け入れてはならない、
テロリストと妥協してはならない。
この鉄則を堅持することが、現在及び将来の国民の命を守る道である。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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