イラクで日本人拘束

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支那畜(しなちく)の所業

投稿者: crossover711pm 投稿日時: 2004/04/13 22:26 投稿番号: [46089 / 280993]
通州事件

昭和12(1937)年7月29日、北京の東方は、冀東(きとう)防共自治政府の首都・通州で「大虐殺」がなされました。

いわゆる「通州事件」と呼ばれるものです。


「通州事件」 ── 又の名を「通州大虐殺」とも呼ばれるこの事件は、「廬溝橋事件」の3週間後、起こりました。

当時、通州には、「廬溝橋事件」の余波で避難していた婦女子や朝鮮人(当時は日本国籍だった)を含む日本人居留民、天津特務機関長・細木繁中佐ら軍人等200余人が住んでいました。通州には、日本軍の守備隊も駐屯していたのですが、たまたま、主力が南苑攻撃の為、町を離れ、僅か110名の留守部隊しか残っていなかった所へ、支那保安隊千数百名が襲撃を掛けたのです。


通州を襲撃した支那保安隊は、多勢にものを言わせて日本軍守備隊を全滅させ、余勢を駆って、何とあろう事か、日本人居留民をも「標的」にしたのです。

支那保安隊は、日本人居留民を通州城内に全員集め、城門を閉めた上で(要は城外へ逃げられない様にして)、

日本人居留民の住宅一軒々々に火を放ち、

女性には暴行を加えた上で局部に丸太を突き刺す等して殺害、

子供は両手・両足を切断し、男性には首に縄を巻き付けた上で引き回す等、




「廬溝橋事件」は、日本軍と支那・国民党軍と言う軍隊同士による軍事衝突でした。

しかし、「通州事件」は、

支那保安隊による日本人居留民 ── 「民間人」への殺戮行為でした。

これは、明らかに国際法違反です。

しかも、その殺害方法が、正に「屠城」そのものであり、残虐極まりないものであった事を忘れてはいけません。
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