どんな状況でも相手でも、示されるべき敬意
投稿者: natchan_dao 投稿日時: 2007/06/21 05:20 投稿番号: [280811 / 280993]
罪を犯さない人間なんていない...これはこのトピが始まってからずっと
一貫していつも思っていることです。
人間というのは罪深い生きもので...
聖書の中にもありますよね...
キリストが「ではこの中でまず、今までに罪を犯したことのない者から
石を投げなさい... 」
人々がつきだした「罪人」に石を投げた者はいなかった筈です。
人間の中で優劣とか貴賎があるとか...思わないです。
お互い勝手に見下し合ってるだけで...
その基準って誰が創りだしたのでしょうか?
そして、自分より劣っていると思う人間を罵ってもいいと
誰が決めたのでしょうか?
行いについては責を問われることは仕方ないとしても、
人間としての敬意は、誰に対しても示されるべきだと思います。
相手が愚かだと思っても、憎いと思っても...
ある場所で、なかでも限られた人々の中で飛び交っている言葉...
理解できません...
そういう言葉は...たとえば、性別によって使うことが許されたり
許されなかったりではないと思います。
相手に対して言うことで、むしろ相手より自分自身を他人様から
「そういう目で私を見て下さい」...とアピールするものとして
受けとめられたとて仕方のない言葉です。
言葉を使う人、選んだ人の品位のほうが問われていると思います。
...そういったことを先に辞められる人のほうが勇気があると思います。
...というより、そういうことに勇気が要るということが
感覚としては普通でなく
そうすることによって相手が「おまえの負け」など言おうとも
気にならなくなるほうが「大人」だと思います。
ついでに言うなら、「正義」とか「正統」なども幻想です。
ある一定の条件下では楯にもなるかもしれませんが
それを武器にするなら、その時点で「正当性」なんて
失われるものです。
...そして蛇足ながら、残念ながら「平和」も幻想。
「理想的な理念」としてあるだけですね。。。
これは メッセージ 280810 (natchan_dao さん)への返信です.
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