高遠菜穂子さんに聞く、イラクの現実
投稿者: cambodian_lotus 投稿日時: 2007/04/19 23:09 投稿番号: [280744 / 280993]
開戦から4年−−高遠菜穂子さんに聞く、イラクの現実
いまだ終わらない戦火 <ダイジェスト版>
豊原 富栄(2007-03-20 07:49)
【動画】高遠菜穂子さんが語る、イラクの現状(6分55秒)を見る
【動画】高遠菜穂子が見るイラク(4分48秒)を見る
イラクの現状について語る高遠菜穂子さん (撮影者:OhmyNews)
2003年3月20日に開戦したイラク戦争から今日で4年。イラク戦争終結後の2003年5月から、イラク人支援のために入国し、一時は拘束された経験を持つ高遠菜穂子さん。現在もイラクへの支援を続ける彼女は、自身の経験をもとにオーマイニュースのインタビューに応じ、イラクの変化について語ってくれました。
高遠さんが初めてイラクに入った2003年5月1日。この日は「大規模戦闘終結宣言」が出された日で、当時は、いたるところに爆撃された戦車や車両の残骸(ざんがい)が見られたと言う。その状況はまさに「戦争していた状態だった」と振り返った。
ところが、そんな状況も今から思えば「まだ、ましだった」と言う。
■シーア派元民兵によるスンニ派掃討
現状のイラクは複雑に絡み合った問題を抱える。イスラム教スンニ派、シーア派、その他無数に存在する勢力同士の対立に加え、民族対立がある。その中に大量に投入された多国籍軍もイラクの情勢に多大な影響を及ぼしている。これらが入り組み、情勢の複雑さは今後ますます増すと見られているという。
高遠さんが特に問題視しているのは「スンニ派イラク人避難民」の問題。
イラクでは現在、シーア派の元民兵などが、軍や警察官になり、スンニ派住民を圧迫している。スンニ派やシーア派のほか、キリスト教徒も存在したバグダッドでさえ、警察官などによって、「スンニ派掃討作戦」が行われている。「何の理由もなく夜のうちに連れ去られ、拷問にかけられて処刑される」という事件が多発していると言うのだ。
「バグダッドだけでなく、各地で“理由なき拷問死”が起きるため、スンニ派イラク人は大挙してスンニ派多数地域であるイラク西部に避難しています。けれども、ファルージャを含む西部では、食糧や物資が全く足りず、避難民は増える一方。今までは比較的自由にビザを手にすることができたヨルダンも、国外に脱出しようとする避難民に対応できず、入国拒否を徹底するようになりました」
インタビューの終盤では涙をためる場面もあった (撮影者:OhmyNews)
そういった避難民の中で幸運にも国外脱出できた人々にはまだまだ苦難が待ち受けている。それは貧困との戦いだ。
「永住権があるわけではない彼らは、職に就くことができず、貯金を切り崩して日々の生活を支えるしかないわけです。その上、ほとんどが夫を殺されてしまって、母と子どもたちだけというケースも少なくありません。生活苦のため売春やストリッパーといった仕事をせざるを得ない状況に追い詰められてしまうのです」
「治安が悪い中、子どもたちを学校に行かせることもままならない状態です。治安の問題と経済的事情で教育が受けられない状態なのです。これはあと10年後、教育水準の低下(識字率など)といった問題となるでしょう」
■「日本からの支援なら要らない」と言われて
高遠さんはなぜイラクにこだわり続けるのか、彼女にとって、この4年はどういうものだったのか。
「(すべての面において)最悪。(でも、イラクに対する支援を)辞める理由がない」
そこには彼女がイラクで体感したイラク人の「日本に対するイメージ」をぬぐい去りたいという思いも含まれている。
「『日本人だから殺す』というのは、ちょっと理解するのに時間がかかりました。(以前とは正反対の)殺したくなるほど悪い日本へのイメージは日本人としてショックだったのです。これを何とかしたい」
「日本からの支援ならいらない、と言われることももちろんあります。でも、だから絶対に見捨てない。そして『日本の民間人でも、私たちのことを気にかけてくれる人がいるらしい』というのが少しずつでも広がって、いつか『日本人は大歓迎よ』と言われるようになりたい。そういう思いです」
【インタビューのテキスト全文】
『高遠菜穂子さんに聞くイラクの現実−−開戦から4年〜忘れられた戦場〜』
いまだ終わらない戦火 <ダイジェスト版>
豊原 富栄(2007-03-20 07:49)
【動画】高遠菜穂子さんが語る、イラクの現状(6分55秒)を見る
【動画】高遠菜穂子が見るイラク(4分48秒)を見る
イラクの現状について語る高遠菜穂子さん (撮影者:OhmyNews)
2003年3月20日に開戦したイラク戦争から今日で4年。イラク戦争終結後の2003年5月から、イラク人支援のために入国し、一時は拘束された経験を持つ高遠菜穂子さん。現在もイラクへの支援を続ける彼女は、自身の経験をもとにオーマイニュースのインタビューに応じ、イラクの変化について語ってくれました。
高遠さんが初めてイラクに入った2003年5月1日。この日は「大規模戦闘終結宣言」が出された日で、当時は、いたるところに爆撃された戦車や車両の残骸(ざんがい)が見られたと言う。その状況はまさに「戦争していた状態だった」と振り返った。
ところが、そんな状況も今から思えば「まだ、ましだった」と言う。
■シーア派元民兵によるスンニ派掃討
現状のイラクは複雑に絡み合った問題を抱える。イスラム教スンニ派、シーア派、その他無数に存在する勢力同士の対立に加え、民族対立がある。その中に大量に投入された多国籍軍もイラクの情勢に多大な影響を及ぼしている。これらが入り組み、情勢の複雑さは今後ますます増すと見られているという。
高遠さんが特に問題視しているのは「スンニ派イラク人避難民」の問題。
イラクでは現在、シーア派の元民兵などが、軍や警察官になり、スンニ派住民を圧迫している。スンニ派やシーア派のほか、キリスト教徒も存在したバグダッドでさえ、警察官などによって、「スンニ派掃討作戦」が行われている。「何の理由もなく夜のうちに連れ去られ、拷問にかけられて処刑される」という事件が多発していると言うのだ。
「バグダッドだけでなく、各地で“理由なき拷問死”が起きるため、スンニ派イラク人は大挙してスンニ派多数地域であるイラク西部に避難しています。けれども、ファルージャを含む西部では、食糧や物資が全く足りず、避難民は増える一方。今までは比較的自由にビザを手にすることができたヨルダンも、国外に脱出しようとする避難民に対応できず、入国拒否を徹底するようになりました」
インタビューの終盤では涙をためる場面もあった (撮影者:OhmyNews)
そういった避難民の中で幸運にも国外脱出できた人々にはまだまだ苦難が待ち受けている。それは貧困との戦いだ。
「永住権があるわけではない彼らは、職に就くことができず、貯金を切り崩して日々の生活を支えるしかないわけです。その上、ほとんどが夫を殺されてしまって、母と子どもたちだけというケースも少なくありません。生活苦のため売春やストリッパーといった仕事をせざるを得ない状況に追い詰められてしまうのです」
「治安が悪い中、子どもたちを学校に行かせることもままならない状態です。治安の問題と経済的事情で教育が受けられない状態なのです。これはあと10年後、教育水準の低下(識字率など)といった問題となるでしょう」
■「日本からの支援なら要らない」と言われて
高遠さんはなぜイラクにこだわり続けるのか、彼女にとって、この4年はどういうものだったのか。
「(すべての面において)最悪。(でも、イラクに対する支援を)辞める理由がない」
そこには彼女がイラクで体感したイラク人の「日本に対するイメージ」をぬぐい去りたいという思いも含まれている。
「『日本人だから殺す』というのは、ちょっと理解するのに時間がかかりました。(以前とは正反対の)殺したくなるほど悪い日本へのイメージは日本人としてショックだったのです。これを何とかしたい」
「日本からの支援ならいらない、と言われることももちろんあります。でも、だから絶対に見捨てない。そして『日本の民間人でも、私たちのことを気にかけてくれる人がいるらしい』というのが少しずつでも広がって、いつか『日本人は大歓迎よ』と言われるようになりたい。そういう思いです」
【インタビューのテキスト全文】
『高遠菜穂子さんに聞くイラクの現実−−開戦から4年〜忘れられた戦場〜』
これは メッセージ 280743 (xxtaiyo_to_himawarixx さん)への返信です.
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