「東京招魂社」
投稿者: kouga_iseshima_igaueno 投稿日時: 2006/08/16 10:10 投稿番号: [280599 / 280993]
『日本軍事史』(吉川弘文館)によれば、
1868年5月、維新政府は戦没者及び1853(嘉永6)年以降の国事殉難者を京都東山・霊山(現在の京都護国神社)に祀ることを命じ、その後数度にわたって各藩に戦死者(及び戦病死者)名簿を提出させた。
上野戦争ののち江戸城内で式典が行われ、1869(明治2)年6月、九段坂上に東京招魂社が造営される。ここに戊辰戦争の戦没者3588人が合祀され、維新政府は1万石の祭祀料を与えた。これが別格官幣社靖国神社の起源である。
……と、ある。
だが、ここには禁門の変で朝敵となったはずの長州藩兵は真っ先に祀られたが、当時御所を護っていた会津藩兵は逆に賊軍とされ、更に戊申戦争時の会津藩兵3000人の屍はそれに触れることさえも禁じられ、やがて腐乱死体となり、数ヶ月の間、野ざらしにされていたというから、やはり「勝てば官軍」的論理が全てのようである。
また、当時の国際常識ではどう見てもテロリストでしかない外国人襲撃者も靖国に祀られていたりするから、これでは単なる「国粋主義」の象徴でしかなく、伊藤博文を暗殺した安重根を英雄視している韓国人をとても笑えない気がするんだが…。
これは メッセージ 280598 (hero_news_hero さん)への返信です.
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