Pink Floyd
投稿者: take_the_rag_away 投稿日時: 2006/01/23 03:02 投稿番号: [280388 / 280993]
ニュースやネット記事を読んでいて、突然リアルとリンクして、
ハッとすることって、ありますよね。
リバーベンド【バグダードバーニング】1月12日の日記が、響いた…
「音楽に捧ぐ・・・」
一週間前、米紙クリスチャン・サイエンス・モニターの記者ジル・キャロルさんが拉致されたことを聞いたとき、なによりも悲嘆を感じた。・・・通訳は非情にも撃ち殺された・・・彼は即死には至らず、警官に事情を話すまで生き延びそして事切れたという。
つい最近、殺された通訳が親しい友人の−「アランのメロディ」のアラン、であることを知ったのだ。私はこの2日間泣き暮らした。
イラク戦争前、彼はバグダードでも好立地のアーラサットにミュージックショップを営んでいた。アラビア音楽やインストルメンタル曲を売る他に、彼には彼の顧客−洋楽を渇望する欧米化したイラク人がいた−私たちのようにロック、オルタナティブ、ジャズなどを聴く者。
彼のところには、アバからマリリン・マンソンまでなんでも揃っていた。・・・アランは他の世界に通じるリンクの一つだった。アランの店に立ち寄るのは、まるで一時的に外の世界を訪れるようなもの。店に足を踏み入れればいつだって、すばらしい音楽が彼のスピーカからあふれ、そして、彼と店員のモハンマドがジョー・サトリアーニとスティーヴ・ヴァイのどちらがすばらしいか議論していた。
ドアの側にはビルボードの最新ヒットチャートを貼りだしてあり、彼はお気に入りの曲を集めた「コレクション」CDを編集していた。また、わざわざ最新のグラミーやアメリカン・ミュージック・アウォード、オスカーなどの授賞式の録音を手に入れに出かけていた。彼のところに二度訪れれば、三度めには、あなたの好みの曲を覚えていてくれ、関心を持ちそうな曲を薦めてくれる。
彼が結婚し家族をもったら音楽に対する興味が薄れるのではないかと、かつてからかったことがある。そんなことにはならなかった。アランとの会話は相変わらずピンクフロイドからジミ・ヘンドリクスを中心にしていたが、だんだん妻のFや娘M、小さな息子のことにも話が及ぶようになった。彼の家族、妻や子供たちに私の心は痛む。
私たちはアランのところにただ音楽を買いに行っていたのではない。いつも団欒のひとときになった。彼は椅子を勧め、最近のお気に入りのCDを聴かせてくれ、飲み物をいれる。・・アランには意地の悪さは微塵もない。いつも楽しい話題だ。
戦後、閉店する以前にEと私はよく彼の店に立ち寄っていた。ある日、店は停電していて、ジェネレータもなかった。店内はランプでぼんやりと照らされ、アランはカウンターでCDをより分けていた。私たちを見て狂喜してくれた。音楽を聴く手段がないため、彼とEは彼らのお気に入りの曲を、歌詞を間違えたりでたらめに作ったりしながら歌い継いだ。さらに様々な着信音を聴いたり、最新の本日のお薦めジョークを言い交わした。気づかないうちに外界とは隔絶した2時間が経過していて、散発的な爆発音が私たちを現実に引き戻した。
その時、「音楽」がアランの店を安らぎの場−そこは、やっかい事や気がかりを忘れさせてくれるところ−にしているのではない 「アラン自身」だと気づいたのだ。
彼は、ピンクフロイドが好きだった。
怯えおののく人びとを見たかい?
空爆の音を聞いたかい?
なぜ僕らがシェルターに逃げ込まなければならなかったか考えたことがあるかい?
真っ青な空の下素晴らしい新世界が来ると約束されていたというのに
怯えおののく人びとを見たかい?
空爆の音を聞いたかい?
戦火はすでに消えたけど、痛みは消えない
さよなら、青空
さよなら、青空
さよなら、さよなら
(Goodbye Blue Sky - Pink Floyd)
さよなら、アラン
http://www.geocities.jp/riverbendblog/
Goodbye Blue Skyは、人間社会に存在する様々な「障壁」をコンセプトにした「The Wall」の一曲。
昨年、プログレ界最高のミュージシャンが集結し、このアルバムを再現したトリビュート作を発表。
日本盤がつい最近出て…Goodbye Blue Skyをプレイするのは、なんとスティーブ・ハウ。
アランさん、聴けたかな…無理だろう…
こんなにも、イラクの人が身近に感じられたことがあっただろうか?
米英の音楽を愛し、英語の通訳をしていたために命を落としたイラク青年。
この曲を聞く度に、思い出すでしょう。
改めて、一刻も速い紛争終結を祈って…
ハッとすることって、ありますよね。
リバーベンド【バグダードバーニング】1月12日の日記が、響いた…
「音楽に捧ぐ・・・」
一週間前、米紙クリスチャン・サイエンス・モニターの記者ジル・キャロルさんが拉致されたことを聞いたとき、なによりも悲嘆を感じた。・・・通訳は非情にも撃ち殺された・・・彼は即死には至らず、警官に事情を話すまで生き延びそして事切れたという。
つい最近、殺された通訳が親しい友人の−「アランのメロディ」のアラン、であることを知ったのだ。私はこの2日間泣き暮らした。
イラク戦争前、彼はバグダードでも好立地のアーラサットにミュージックショップを営んでいた。アラビア音楽やインストルメンタル曲を売る他に、彼には彼の顧客−洋楽を渇望する欧米化したイラク人がいた−私たちのようにロック、オルタナティブ、ジャズなどを聴く者。
彼のところには、アバからマリリン・マンソンまでなんでも揃っていた。・・・アランは他の世界に通じるリンクの一つだった。アランの店に立ち寄るのは、まるで一時的に外の世界を訪れるようなもの。店に足を踏み入れればいつだって、すばらしい音楽が彼のスピーカからあふれ、そして、彼と店員のモハンマドがジョー・サトリアーニとスティーヴ・ヴァイのどちらがすばらしいか議論していた。
ドアの側にはビルボードの最新ヒットチャートを貼りだしてあり、彼はお気に入りの曲を集めた「コレクション」CDを編集していた。また、わざわざ最新のグラミーやアメリカン・ミュージック・アウォード、オスカーなどの授賞式の録音を手に入れに出かけていた。彼のところに二度訪れれば、三度めには、あなたの好みの曲を覚えていてくれ、関心を持ちそうな曲を薦めてくれる。
彼が結婚し家族をもったら音楽に対する興味が薄れるのではないかと、かつてからかったことがある。そんなことにはならなかった。アランとの会話は相変わらずピンクフロイドからジミ・ヘンドリクスを中心にしていたが、だんだん妻のFや娘M、小さな息子のことにも話が及ぶようになった。彼の家族、妻や子供たちに私の心は痛む。
私たちはアランのところにただ音楽を買いに行っていたのではない。いつも団欒のひとときになった。彼は椅子を勧め、最近のお気に入りのCDを聴かせてくれ、飲み物をいれる。・・アランには意地の悪さは微塵もない。いつも楽しい話題だ。
戦後、閉店する以前にEと私はよく彼の店に立ち寄っていた。ある日、店は停電していて、ジェネレータもなかった。店内はランプでぼんやりと照らされ、アランはカウンターでCDをより分けていた。私たちを見て狂喜してくれた。音楽を聴く手段がないため、彼とEは彼らのお気に入りの曲を、歌詞を間違えたりでたらめに作ったりしながら歌い継いだ。さらに様々な着信音を聴いたり、最新の本日のお薦めジョークを言い交わした。気づかないうちに外界とは隔絶した2時間が経過していて、散発的な爆発音が私たちを現実に引き戻した。
その時、「音楽」がアランの店を安らぎの場−そこは、やっかい事や気がかりを忘れさせてくれるところ−にしているのではない 「アラン自身」だと気づいたのだ。
彼は、ピンクフロイドが好きだった。
怯えおののく人びとを見たかい?
空爆の音を聞いたかい?
なぜ僕らがシェルターに逃げ込まなければならなかったか考えたことがあるかい?
真っ青な空の下素晴らしい新世界が来ると約束されていたというのに
怯えおののく人びとを見たかい?
空爆の音を聞いたかい?
戦火はすでに消えたけど、痛みは消えない
さよなら、青空
さよなら、青空
さよなら、さよなら
(Goodbye Blue Sky - Pink Floyd)
さよなら、アラン
http://www.geocities.jp/riverbendblog/
Goodbye Blue Skyは、人間社会に存在する様々な「障壁」をコンセプトにした「The Wall」の一曲。
昨年、プログレ界最高のミュージシャンが集結し、このアルバムを再現したトリビュート作を発表。
日本盤がつい最近出て…Goodbye Blue Skyをプレイするのは、なんとスティーブ・ハウ。
アランさん、聴けたかな…無理だろう…
こんなにも、イラクの人が身近に感じられたことがあっただろうか?
米英の音楽を愛し、英語の通訳をしていたために命を落としたイラク青年。
この曲を聞く度に、思い出すでしょう。
改めて、一刻も速い紛争終結を祈って…
これは メッセージ 280250 (take_the_rag_away さん)への返信です.
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