shippou_kohakuさん
投稿者: raru_babu 投稿日時: 2004/11/08 02:00 投稿番号: [271255 / 280993]
どうも。
>講演会で一言、その事を話しておけばいいことだと思います。
おっしゃる通りだと思います。
しかし彼女が訴えて来たことは、結局のところ自分がいかに勇敢だったか、
犯行グループがいかに善良で、しかも気の毒な人たちだったか、
ということばかりでしたよね。
その高遠さんは10月の初めからアンマンに滞在していて、
香田さん拘束の第一報が流れた27日に慌てて飛行機に乗り帰国。
この日、お母さんの京子さんから、
「中東などでボランティア活動中」(朝日新聞)
「講演会などの要請を調整している状態」(毎日新聞)
「事件について特に連絡はないという」(東京新聞)
などと各紙にコメントされていますが、
当の高遠さんがその時、アンマンからの帰国途上にいた、ということを
報じた新聞はありませんでした。
クリフホテルで香田さんを止めたと発言している四ノ宮監督は
アフガニスタンを取材したドキュメンタリー作品で、
森住卓さんと共に「第8回平和・協同ジャーナリスト基金賞」にノミネートされています。
現在四ノ宮監督がイラクを舞台に撮影中の映画「戦争と平和」には
森住卓さんと交流のあるフォトジャーナリストが何人も名を連ねています。
この二人の接点は探せばまだいろいろ出て来るでしょうし、
4月の事件で3人にタクシーを紹介したとされる森沢典子さんとは
どちらも紛争地域を取材する映像作家という立場ですので
こちらも何人も共通の知人がいるようです。
何が言いたいのかそろそろはっきりさせなきゃいけないですよね(笑)
わたしはもしかしたら、高遠さんは香田さんを
直接止めることが出来たかも知れないと思っているんです。
高遠さんがアンマンのどこに泊まっていたのか知りませんが、
まあもしかしたら世界に名を馳せる平和運動家になった今、
もうファラハ・ホテルやクリフ・ホテルに泊まるようなお方ではないのかも知れません(笑)
が、イラクでの活動資金が数百万円といったようなこれまでの情報を見る限り、
前と同じような安宿に泊まっていた可能性は高いと思いますし、
ビザの交付待ちで時間を持て余していたはずの四ノ宮さんと、
イラクでの活動の「打ち合わせ」だけで1ヶ月近くも逗留していた高遠さんに、
何の接点もないとはわたしには考えられないのです。
そして四ノ宮監督も、高遠さんのご家族も、
香田さんがクリフ・ホテルに滞在していた間中、
同じアンマンに高遠さんが滞在していたことを黙っている。
高遠さん自身も、黙っている。
イラクに入国したいと言っている日本の若者がクリフ・ホテルに泊まっていることを、
高遠さんは本当に知らなかったでしょうか。
それとも関係ないと思って放っておいたんでしょうか。
見ず知らずのストリート・チルドレンには愛情たっぷりの高遠さんが、
同じ日本からやって来た香田さんのことはどうでもよかったんでしょうか。
彼女が事件発覚と同時にアンマンを発ったのは偶然でしょうか。
アンマンを「中東など」と言い換えたのは母親の京子さんでしょうか、
それとも新聞社でしょうか。
ご存じの通りわたしは、高遠さんが事件によって得た知名度を
自分の活動のために利用するのは必ずしも間違っていないと主張して来ました。
しかし恐れていた類似事件の発生に対する彼女の対応は
まさに「逃げ」の一途であり、今だからこそ言わなければならない反省の言葉さえ聞かれない。
「自分は香田さんが四ノ宮監督にイラク行きを伝えていたまさにその時、アンマンにいた。
もしも直接彼に会っていたら、縄で縛ってでも行かせなかったに違いない。」
きれいごと大好きな高遠さんなら、このぐらいのことは言えるはずでしょう。
言わない理由は2つ考えられます。
それは、嘘をつくしかない場合。または本当のことを言えば非難される場合。
このどちらかになるはずだと思います。
>講演会で一言、その事を話しておけばいいことだと思います。
おっしゃる通りだと思います。
しかし彼女が訴えて来たことは、結局のところ自分がいかに勇敢だったか、
犯行グループがいかに善良で、しかも気の毒な人たちだったか、
ということばかりでしたよね。
その高遠さんは10月の初めからアンマンに滞在していて、
香田さん拘束の第一報が流れた27日に慌てて飛行機に乗り帰国。
この日、お母さんの京子さんから、
「中東などでボランティア活動中」(朝日新聞)
「講演会などの要請を調整している状態」(毎日新聞)
「事件について特に連絡はないという」(東京新聞)
などと各紙にコメントされていますが、
当の高遠さんがその時、アンマンからの帰国途上にいた、ということを
報じた新聞はありませんでした。
クリフホテルで香田さんを止めたと発言している四ノ宮監督は
アフガニスタンを取材したドキュメンタリー作品で、
森住卓さんと共に「第8回平和・協同ジャーナリスト基金賞」にノミネートされています。
現在四ノ宮監督がイラクを舞台に撮影中の映画「戦争と平和」には
森住卓さんと交流のあるフォトジャーナリストが何人も名を連ねています。
この二人の接点は探せばまだいろいろ出て来るでしょうし、
4月の事件で3人にタクシーを紹介したとされる森沢典子さんとは
どちらも紛争地域を取材する映像作家という立場ですので
こちらも何人も共通の知人がいるようです。
何が言いたいのかそろそろはっきりさせなきゃいけないですよね(笑)
わたしはもしかしたら、高遠さんは香田さんを
直接止めることが出来たかも知れないと思っているんです。
高遠さんがアンマンのどこに泊まっていたのか知りませんが、
まあもしかしたら世界に名を馳せる平和運動家になった今、
もうファラハ・ホテルやクリフ・ホテルに泊まるようなお方ではないのかも知れません(笑)
が、イラクでの活動資金が数百万円といったようなこれまでの情報を見る限り、
前と同じような安宿に泊まっていた可能性は高いと思いますし、
ビザの交付待ちで時間を持て余していたはずの四ノ宮さんと、
イラクでの活動の「打ち合わせ」だけで1ヶ月近くも逗留していた高遠さんに、
何の接点もないとはわたしには考えられないのです。
そして四ノ宮監督も、高遠さんのご家族も、
香田さんがクリフ・ホテルに滞在していた間中、
同じアンマンに高遠さんが滞在していたことを黙っている。
高遠さん自身も、黙っている。
イラクに入国したいと言っている日本の若者がクリフ・ホテルに泊まっていることを、
高遠さんは本当に知らなかったでしょうか。
それとも関係ないと思って放っておいたんでしょうか。
見ず知らずのストリート・チルドレンには愛情たっぷりの高遠さんが、
同じ日本からやって来た香田さんのことはどうでもよかったんでしょうか。
彼女が事件発覚と同時にアンマンを発ったのは偶然でしょうか。
アンマンを「中東など」と言い換えたのは母親の京子さんでしょうか、
それとも新聞社でしょうか。
ご存じの通りわたしは、高遠さんが事件によって得た知名度を
自分の活動のために利用するのは必ずしも間違っていないと主張して来ました。
しかし恐れていた類似事件の発生に対する彼女の対応は
まさに「逃げ」の一途であり、今だからこそ言わなければならない反省の言葉さえ聞かれない。
「自分は香田さんが四ノ宮監督にイラク行きを伝えていたまさにその時、アンマンにいた。
もしも直接彼に会っていたら、縄で縛ってでも行かせなかったに違いない。」
きれいごと大好きな高遠さんなら、このぐらいのことは言えるはずでしょう。
言わない理由は2つ考えられます。
それは、嘘をつくしかない場合。または本当のことを言えば非難される場合。
このどちらかになるはずだと思います。
これは メッセージ 271029 (shippou_kohaku さん)への返信です.
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