イラクで日本人拘束

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>>>自己責任

投稿者: aidem500 投稿日時: 2004/11/04 16:11 投稿番号: [268250 / 280993]
sthsiyuuさんへ   私も昨夜は寝ましたので、レスは職場からです。遅くなりましたがご容赦を。

まず、整理しますね。
私の最初の投稿は、●イラク人質事件で、一躍、主役級に登場した「自己責任」さん。

たしかに、そこそこ説得力はありますね。でも、もともとは国民の自立の必要性を唱えるものではないですか。つまり、「自己責任」とは「自立のススメ」

で、これは、もともとは、日本の国家としての自立ー自己責任と密接不可分な関係として捉えられてきたと思います。

そういう意味では、日本政府や日本の国家としての安保防衛政策での自立や自己責任の欠如を棚上げにして、個人レベルでの自己責任だけを叫ぶのは、ちょっとどうかと首を傾げたくなりますね。

片や、「アメリカのイエスマンでいいじゃないか」としながら、個人レベルでは「それは自己責任でしょ。当たり前よ。今頃何言ってるの」では、少々、行き過ぎが気になります。●

それで貴方のレスは、
●書いて字の如し己(おのれ)の責任を指します。

あなたの勝手な解釈で「自己責任」を
政府批判の材料にしてはいけない。●

でしたね。

私が、何でもかんでも政府批判の材料にしていますか?   私は、自己責任論と国家責任の相互関係について言及しているのです。ですから、締めくくりも「少々、行き過ぎが気になります」と結んでいるでしょう。

これだけの投稿で、「政府批判の材料にしてはいけない」と、レスが来るとは少々驚きました。私は、香田氏に自己責任が無いとも言っていないし、「大いにある」という考えです。ただし、すべてが人質の自己責任だけでこの問題を片付けるのなら、わざわざトビまで開いて論議する必要も感じません。つまり、国家の政策との関連での検討という切り口も当然必要という考えです。

そして「政府批判の材料にしてはいけない」という御指摘は、その意味として「人質問題での政府批判は控えるように」と読み取れました。

「勝手な解釈」と仰せですが、「読んで字の如し、己の責任」という言葉を、「あくまで個人に引用する単語が自己責任」という解釈は、組織や集団を一切除外した個人限定の使い方しかない、というもので、それも一つの解釈ではないでしょうか。ちなみに私も、まず、個人レベルでの責任を指す用語として使用しているつもりです。
私の「勝手な解釈」では、「自己責任」という言葉が、政治のレベルでキーワード的に登場するのは1990年頃だと思っています。(それ以前からキーワード的に使われているかどうかは、今のところ調べていないので)それは、財政改革、行政改革論議が80年代から本格化し、「大きな政府から小さな政府へ」「規制緩和」などの論議に対応して、国民に受益者負担などの「応分の負担」なり、責任を求めるものとして登場してきたと理解しています。つまり、年金改革論議などでは、保険料率アップなどの負担増を指していますし、規制緩和論議などでは、規制撤廃による、「行政責任から企業責任の重視へ」と理解しています。金融行政では、戦後、「一行足りとも倒産させず」という大蔵省による護送船団方式も、今や金融淘汰の時代。およそ自己責任など果たしたとは言えないにしても、銀行の破綻劇等は周知のとおりです。

そこでテーマの防衛問題なのですが、この領域で「自己責任」論を鮮烈に展開されたのが、当時、湾岸戦争での「国際貢献」策の渦中の人物、自民党幹事長であった小沢一郎氏でした。その代表的著書が『日本改造計画』であることは、ベストセラーにもなったので御存知の方も多いでしょう。もはや手元に置いていないので、内容は記憶に頼ることになりますが、「国際貢献」や防衛問題を考える場合、戦後日本の「一国平和主義」やいわゆる「平和ボケ」(その本に「平和ボケ」という言葉がそこにあったかどうかは定かではありません)は、国家としての防衛問題に自立国家として正面からむきあってこなかったことと、国民レベルでの国防意識の欠如や希薄さの問題を相互関係において論じていたと思います。
「防衛問題」での自己責任とは、究極的には徴兵制まで含むものであり、少なくても、安保・防衛政策に対する各人の意見や態度を問うていると思います。つまり、国としての「国際貢献」や「防衛」論議と切断して、国民レベルの「防衛意識」「平和意識」のみを問題にしても、少なくても、私は説得力を感じません。

そういう点では、「アメリカから要求されたから受けるしかなく、それが現実的に妥当な選択」の繰り返しでは、国家レベル、政治レベルでの責任を果たしているとはいいがたい。やはり「自立した国家としての責任」と「自立した個人としての責任」は、相関関係にあると思います。(字数制限と仕事の関係でとりあえずここま
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