付加価値のつけ方
投稿者: monokakikazu 投稿日時: 2004/11/02 00:24 投稿番号: [262578 / 280993]
モノ書きを生業とする名もないその他大勢の一人として。
一度は抱くのが「自分に特別な付加価値があれば」という願望です。
付加価値のない「フツーの人間」はなかなか本など書かせてもらえません。
でも、「ミニスカートの女子大生」なら話題になるし、本も出せる。
「事件で子供が殺された親」とか、「五体不満足な人」とか、
「イラクで拉致された(自称)絵本作家やジャーナリスト」とか。
が、しかし。やがて気づくのです。最後は本人の才能や努力がモノを言うことに。
簡単に手に入れた「付加価値」だけではやがて淘汰されることに。
危惧するのは、安易な方法で「付加価値」をつけようとする風潮です。
中途半端な留学やワーホリにさほどの付加価値がなくなった今、
「それじゃもっと危険なところへ行けばいいか」という意識が、
退避勧告の出ている国へ行きたがる若者の中に見え隠れします。
もし、香田さんが「イラク帰り」という付加価値を求めてかの地へ向かったのなら、
浅薄の誹りは免れないでしょう。彼がもっと自分を磨き、何かの才能に目覚め、
自分のやるべきことが今のイラクででしかできないと覚悟して行ったのなら別ですが。
先の3人+2人にしてもそうです。自己責任とか、そういうことは別として、
どこか「自分に付加価値をつけるため」だけで行動したように見えてしまって、
釈然としない思いが消えないのです。悪しき前例、とでも言うのでしょうか。
スキルとは言えない経験を自分の付加価値にしようと考えるのは愚かで危険。
「元暴走族」や「元服役囚」という“肩書き”でさえ付加価値にしてしまう
世の中(マスコミ?)も悪いんですが……付加価値のつけ方、
若い人たちにはもう一度考えてもらいたいと思う今日この頃です。
長々とまとまりのない文章でスミマセン。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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