イラクで日本人拘束

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イスラーム思想に興味のある方へ

投稿者: nehandou 投稿日時: 2004/11/01 10:55 投稿番号: [260866 / 280993]
【 参考資料として 】

クルアーンとは啓典にあたるものですが、
クルアーンそのものの原語は「読まれる(誦まれる)もの」と言う意味であります。
それはムハンマドが啓示を受けた時に促されたと言われる「読め(誦め)!」に由来し、
聖書が「書物」を意味するのとは、やや趣が異なります。

クルアーンの教えとしては大きく分けて、
「社会生活」「信仰行為」「国家に関わる事項」「内面の信仰箇条」
の4つに分けられます。

クルアーンには、アッラーを自然を宗教的の象徴として使った章句が多く登場します。

たとえば、

********************
沈み行く星に誓って、汝らの友(ムハンマド)には瞑想も錯誤もない。
己の欲望で語っているものでもない。
それは、下された啓示にほかならない。(「星章」第一〜四節)
********************

このほかに、「諸星座のある天」も月や太陽も登場します。或いは、
「暁」や「黎明」、「朝」「昼」、また昼夜の交代、
時間そのものも象徴的にクルアーンの中に現れています。

さて、その中より、どの宗教にも通じるであろうと思われる教理の一つが下記のものです。

********************
夕刻にかけて、
まことに人は喪失の中にある。
ただ、信仰して善行を行い、互いに真理を勧め、
互いに忍耐を勤める者を別として。(「夕刻章」第一〜三節)
********************


なお、イスラームの根本原理として
「アッラーの神の他に神なし」というところですが、実際のところはそれだけには至りません。
「ムハンマドはアッラーの使途である」(「勝利章」第二九節)
「ムハンマドは汝等の誰の父でもない。ただ、アッラーの使途、諸預言者の封印である」(「部族連合章」第四〇節)。
ここに言う「諸預言者の封印」とは、最後の預言者を意味します。
「アッラーの神の他に神なし」は何度も繰り返されているのに対し、
ムハンマドに関する言及はわずか二箇所と少ないのですが、
しかし、ムハンマドを預言者として言及している個所はかなりあり、
「神とその信徒を信ぜよ」という句も少なくないことから、
その根本原理とは、「アッラーと預言者を完全なる絶対者として信ぜよ」ということになります。


ちなみに、イスラームは基本的に宗教共同体です。

本来の純粋な教理として、クルアーンから抜き出しますと、

********************
「彼と共にいる者(信徒)は不信心の者に対しては強く、挫けず、お互いの間では優しく慈悲をかけ合う。
  汝は、彼らが頭を垂れ額ずいて、神の恩寵とご満悦を求めるのを見るであろう。(「勝利章」第二九節)
********************

というものがあります。

この上記の背景には、神の存在を認めると、そこには創造主と人間の一対一となり、
人間同士の関係が生じないだけでなく、ムハンマドを認めるとなると、
彼が率いる共同体にかかわることになるために、(不調和が生じやすくなるために)
ムハンマドと当人たちというわけにはいかなくなります。
そこで、クルアーンでは上記のように読まれています。


これらをそれぞれの見解で考えられた教えが、現行においては(大雑把に大きく分けて)
「スンナ派」「シーア派」「十二イマーム派」と、わかれています。が、これは、
それぞれに解釈され互いに自己主張を譲らないため、それぞれが対立しているような状態です。

これまでの歴史をたどれば、本来、イスラームにおいては、
人種や身分に関係なく有能であれば出世すると言う原理が働いていたはずが、
実際の所は差別化があり、民族国家の時代になって、トルコ人やクルド人には不利に至り、
結果、トルコ・イラク・イランにまたがって住む少数民族となっています。

また、フセインとはかつてその大昔に勢力争いで追いやられた王で、現行のフセインはその子孫にあたります。
かのフセインは先祖のためにその報復でもしたかったのかもしれません。

ほんの一部ですが、ご参考まで…。
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