お人よし
投稿者: merzbox 投稿日時: 2004/10/30 18:49 投稿番号: [254780 / 280993]
「自業自得だから殺されても仕方が無い」という考える人々は、どこか常に自分だけは救われると信じている。
成果主義の導入によって「自分は必ず高い評価を受ける」と信じる人々のようなもの。
もちろん「負け組み」になったのはみんなが大好きな「自己責任」の結果だから文句があるはずはない。
人々が上からの強制ではなく「状況によっては見殺しもやむを得ない」と自発的に、自らの意見(と信じ)を表明する。
これを「国民の声」として、政府は自らの行動に一定の正当性が付与されたと主張することが可能になる。
一旦この流れが定着すれば、さまざまな場面において「救うべき対象と、積極的に救わなくても良い、見殺しにしてもかまわない対象」を認定し、峻別することが可能になる。
もちろんある場面で自分自身が「救う価値なし」と判断されたとしてもそれは甘んじて受け入れるべきである。
なぜなら、我々自身がが今現在それを主張しているのであり、支持しているからである。
政府を愛する私たちは、私たちに向けられる政府の行いがどんなに非情なものであっても喜んで受け入れるであろう。
「救われるべき対象ではない。」と認定されたとしても、それは私自身が至らなかったためである。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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