zakgokzugok0081さんへ
投稿者: barutantomozou 投稿日時: 2004/10/30 12:38 投稿番号: [253349 / 280993]
>誰が、ここまでが許容できますよって、その絶対基準を決めるの?「迷惑の度合い」って、各人の主観なのに。
<
いうまでもなく、数学や物理と違い絶対基準を決める事は人間生活の中ではありえない。
基本的に法律や慣習や礼儀といったものは、絶対基準ではなく相対基準である。
また、人間社会の中に絶対基準が存在するのであれば、今のような紛争など起こりえるはずがない。
絶対基準があるのであればやってはいけないこと、やってもいい事がはっきりしているのだから揉め事が起こりえるはずがない。
そのような当然の事を棚に上げて、「誰が絶対基準を決めるの?」という問いかけ自体に無理があると思われる。
もし自己の責任を自己が判断するのであれば、人間は自分に甘く他人に厳しいのがその本質であるから正当な評価というものはまず出来ないと考える。
したがってその迷惑をこうむった人たちの主観による判断になる。相対基準にしておくからこそ、10人のうち5人が許容すれば、許される事例というものも出てくる。
「仕事において自己の責任を全うしろ」という場合、アクションに対するリスクを想定し、最悪のケースになった場合の対応処置まで考えておくことが普通であり、その評価は金額で換算される。
どうしても絶対基準を求めるのであればそれぞれのこうむった迷惑を金額に換算して平均的な値にする事より判断できると思うが。
負の効果が発生したときにしか使われない言葉だと私は認識しているので、貴方にお聞きしたいが、自己責任の完結をどのような形で判断するのだろうか?
ヤフーの新語辞書ではなくあなた自身の言葉でお答え願いたい。
自己責任という言葉自体が一般的にはあまり使われていなかったため、その概念自体が曖昧だからこそ今回の事件をきっかけに考える事が大切だろう。
これは メッセージ 251403 (zakgokzugok0081 さん)への返信です.
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